『不可視の太陽 prologue

 

 

    このドアの向こう。

    あのひとがいる。

    生まれてからずっと・・。

    いや、生まれる前からずっととおくから、観てきた。

 「何をしているんです?有田さん・・・?」

編集者のそんな声は、斉彬の心に響かなかった。ただ、器械的な反応を返しただけだ。

「分かっていますよ・・・・」

答えがすべて、この向こうにあるような気がする。

ワタシハ誰?

早ク、ソノ答エヲ知リタイ。

 足が重い、異常にもつれる。

ふらっと右足を出す。重心が崩れ、身体はそれを防ぐために左足を使う。ただ、その繰り返し・・・・。歩行とは、ただそれだけの意味にすぎない。

 それなのに、どうしてこんなにしんどいんだろう。もう、20年もこの行為をし続けてきたはずだ。

「先方の方は、もういらっしゃるんでしょう?」

 有田斉彬はやっとのことで、言った。口の中がねばねばする。唾が糸を引くようだ。

「大丈夫ですよ、あちらはもう、かなりのオトナですからね・・・いつもですよ、対談や取材のときはかならず、約束の時間の30分前には、来ていらっしゃいますね」

 「そうですか・・・・・・・・」

斉彬は、まるで機械のように声を発する。

 腕時計を見れば、約束の時間になっていないことがわかる。しかし、そんなことは安定剤にすらならない。 

 一日千秋ということばあるが、この場合は、一秒が千時間のような気がした。気がつくと、斉彬は、そのドアの前にいた。


『不可視の太陽』第一部・・・scene001へ

indexへ

inserted by FC2 system