『不可視の太陽 第一部・・・scene007

 

 

ワンボックスカーは、何処とも知れぬ夜を走っていた。誰の意思とも知れぬサーチライト。背後に飛んでいくネオンサインの類は、斉彬の目には、催眠術師が操る指揮棒にしか見えかなかった。

「ぼうず、名前はなんていうんだい」

「・・・・斉彬」

「斉彬?じゃ、弟は久光って言うのかい?」

「弟はいない」

  背後で、寝息を立てている勘九朗にとって、ふたりの会話は、寝物語にすぎない。

「なんで、オレに協力する気になった」

「あんたに協力しているわけではない、じぶんでそうしたいから、そうしているんだ」

「お前、本当に7歳か?」

「そういうことになっているらしい」

「らしい・・って自分のころだろう?」

「そうらしい・・・・あ・・・そうだ、おじさん、ナイフはどうした?」

「ここにある」

  英介は前を向いたまま、真っ赤な袋を渡した。ゴトっという音がした。中に入っているもののせいか、ずしりと重い。

「これは、ボクが処理しておこう。警察に捕まったら、どんな手段を講じても自白を強要されるぞ」

「自白剤を使ってでもか?」

「それでも、知らないことは自白できないだろう?これは、あとで処理しておくよ」

  斉彬は、ビニール袋を座席の奥に押し込んだ。

「いいか、オレらは、あんたの家に強盗に入ったんだぞ」

「ボクが蓄財したわけじゃないさ、ボクを構成する精子の持ち主が蓄財したのさ」

  英介は、少年のただならぬ様子を横目で見ながら、同時にナビを見た。

「何処に行きたいのさ」

「さあ、とにかく遠くへ」

「ボクを誘拐したのは、身代にするためじゃなかったの」

「身代金目的の誘拐だと?戦後、成功例がないんだぞ・・・」

「じゃあ、今回が初だ・・・・・人質が協力するって言って居るんだから、成功しないわけはないでしょう」

「本当におそろしい7歳だな」

 車は、トンネルに入った。

「どうして、こんなにしてまでお金が必要なの」

「前に務めていた会社での、使い込みが見つかりそうなんだ。なんとか今月中に2500」万ほど用意しないと」

「前の会社ならいいじゃん」

「オレはいま、新規に会社を立ち上げるところなんだ。警察に厄介になるわけには行かない」

「強盗殺人株式会社?」

「皮肉は言わんでくれ」

  英介は、いつのまにか相手が7歳であることを忘れていた。

「本当は、罪悪感を感じているとか?」

「さあな」

「おじさんには、そんな人間らしい資格もないんだよ、あの子のためにね」

斉彬の冷たい目が光を放った。

「犯罪者の親を持つことがどういう意味を持つか・・」

「お前に、そんなこと言われる筋合いはない。そのことがどんな意味を持つのか、オレほどわかっているヤツも珍しいだろ」

「ふうん、おじさんのおやじさんは、犯罪者だったの」

「おやじさんなどと上品に言って欲しくないな・・・・・あまり言いたくないが、端的に言えば、あいつは、単なる犯罪者じゃない。犯罪者のエリートとでもいうべき・・・死刑囚だったんだ・・・・オレは、親戚の間をたらい回しにされて育った。よくある話しだけどな・・・・・もっと端的に言えば、孤児院にでも預けてもらったほうがどれだけよかったかしれん・・相手が他人ならあきらめられるじゃないか」

 英介の口調には、言外に押し出された世界が見えた。それは、はてしなく巨大に、斉彬の目に映った。

「・・・・・・・・・」

かつて、英介が感じたであろう疎外感。それを斉彬は、理解できないわけではない。しかし、その思いを伝えられずに、もどかしさを感じずにはいられなかった。それも、そのはず、彼の境遇は、どう見ても不幸から、外れた、いや、むしろ恵まれたとさえ言える家庭なのだ。

「おじさんの目には、僕は幾つに見えるのさ?」

英介はわざと話題を変えてみた。

「・・・大学生くらいかな」

「なんで、わかるのさ」

「そのくらいの女の子と遊んだことがあるから」

「ふうん、さすが英介サン」

「え?オレ、名前言ったけ」

「え??言ったよ」

 そう答えたものの、

斉彬は、内心混乱していた。どうして、この人の名前を知って居るんだろう?ぼくは・・と。

 一方、英介は、じぶんの発言が、少年に動揺を与えたことには気づかなかった。さらに、気分を変えるためにCDでも聞こうとした。

「うーん、この車の主は、相当に悪趣味の持ち主だな」

英介は毒づくと、自分の鞄からCDを取り出した。斉彬は、英介の趣味を信用していなかったために、そのレーベルを見ようともしなかった。

 しかし、カーステレオから流れてきた音。それは、斉彬の魂を抜くほどの力を持っていたのである。

「ブ、bloodshed

「驚いたな、この7歳は、英語までしってるのか、・・それよりも、坊主、この曲知っているのか、おまえ・・・」

今度こそ、英介は事故を起こす手前まで行った。

OH bloodshed! Bloodshed! Bloodshed!おお、天下取り!天下取り!!このCityの目抜き通りを血染めのbloodshedに変えてやる!!」 

斉彬は、カーステレオに会わせて歌い始めたのである。Silent Voice、『bloodshed』。それはこのSilent Voiceのメジャーデビュー曲である。発売は、1989年、斉彬はこの世に産まれてもいない。

 そのヴォーカルは、歌詞の内容とうらはらに美しく良く通る声だった。

「お前、親が好きだったのか」

「答えから近いとも言えるし、遠いとも言える」

 

 

 

 

 

 

 

 


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