『不可視の太陽 第一部・・・scene002

 1997年4月。

「そうですか?斉彬くんは、ご家庭ではどうなされているのですか」

「ええ、部屋に引きこもって音楽ばかり聴いています。他に本なども読むようですが・・・」

 完全に調整され、計算された声と、とまどい、うわずった声が交差する。

 ここは、小学校の教室、午後四時。すでに放課後だ。教師と、生徒の親が対面している。言うまでもなく、有田斉彬が通っているはずのクラスだった。しかし、少年は三年生になって一度も、この教室を訪れていない。彼が学校に完全に来なくなって1年になるが、その理由を家族も完全につかみかねている。完全に途方にくれているといった状態だ。

 机と椅子は二台を覗いて、背後にすべて片づけられている。その二台は、真ん中に置かれ、お互いを向いている。その姿は、平素の教室とは言い難い様子だった。

 

「あれ、だれのおかあさんだろう、きれいだね」

「え?有田くんのおかあさんでしょう?」

 子供達はひそひそ声で教室を覗いていく。後者は、たまたま有田家の近くに住んでおり、斉彬のことを多少は知っているのである。しかし、友人というほどではない。

「・・・」

少年は、有田芳子のきれいな顔に浮かんだ、憂いの表情が気になった、それを表に出さず、あるいは、彼の年齢では、そんなことに気づいているじぶんにすら気づかずに、サッカーボールを抱えたまま、友人の跡を追った。

 

 「有島先生とお話したのですが、斉彬くんは、かなり呑み込みが早いようですね、テストをしてみたところ、平均よりもかなり高い成績をマークしているようです。 -----――家庭教師とお聞きして、驚いたのですが、彼女、有島先生ならいいでしょう。もしも斉彬くんさえよろしければ、私も協力させていただきたいのですが・・・」

「え_?そんな、先生に給料以上の働きを要求するわけには参りません」

教師は、母親の言い方がおかしかった。最近の親は遠慮がなくて、常識をはるかに超える要求をしてくるところなのに、この親は極めて低姿勢だ。その一方で、個性的な言い方に、魅力を感じた。

 「とにかく、定期的に訪問はさせていただきますよ。この手のことは、焦りは禁物だと聞いています。僕は若いですが、先輩の教師から学んでいます・・・・」

 教師は、内心焦った。もしも、相手が有田芳子でなければ、次ぎのような反論が予想されるだろう。

「え?アナタはプロの教師じゃないんですか?。いくら若いからって、そんなことプロなら関係ないでしょう?コマリますね!そんなことでは!校長を呼んで下さい!」

----――――しかし、相手は有田芳子であることから、そんな言葉が迫ってくることはなかった。

 「はい・・・お願いします・・・・では、私はこれで・・・生嶋先生、お忙しいのに、お時間を頂いてありがとうございます」

「とんでもありません、有田さん、こちらこそ、斉彬くんのことで、協力させてください」

 椅子が床を擦る音がふたつ。それらと同時に、二人の大人が握手をした。芳子は、この教師・・新学年になって新しくなった担任、生嶋強兵ならば、息子の斉彬を任せられると思った。

 

 


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