『月のむこうがわ』







さんさん・・・さん・・さん・・・・・・・・・・
サンサン・・・サン・・サン・・・・・・・・・・
 肌にまぶしいほどの月光・・・・・・・・・・。きょうは、中秋の名月・・・いわゆるお花見だ。
「あ!ママだよ!ママ!」
少女はそう叫んだ。
「ママが横向いているー」
「エリカ?」
父親は、抱いている娘の重さも忘れて、呆然とした。
「ねえ、パパ、ママだよ、ママ・・・・」
なおも、少女は満月を指さして、言い続ける。
「お前は アレがママに見えるのか」
父親は娘の首ごしに、自らも満月を仰いでみた。愛娘のうなじからは、朗らかな温度が伝わってきた。
「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」
ふと、子供のころに憶えた俳句が蘇る。
「パパ、それ、何?」
何にでも好奇心を示す娘は 新しく聞いたことが理解できるまで いつまでも質問をつづける。
 やぶへびだ
と思っても遅い
 しかし、相手は子供だ。うまく話しを作ってごまかす。
「むかしのひとが作ったんだよ、満月を見てね、そのひとは、月を見てうさぎがいるって言ったんだよ・・エリカも知っているだろ」
「そんなの嘘だよ・・・・あれはママだよ、ママが横を見ているのよ」
あえて、自説を曲げない娘。
「ねえ、パパ?」
「なんだい」
「海の向こうでは、お月さまはちがって見えるの?」
「そんなことはないさ」
「じゃ、ママもじぶんの顔を見てるよね」
「もしかしたら、エリカの顔かもね」
「パパ!怒るよ!エリカ、おばさんじゃないもん」
「アハハハハ、ママが聞いたら怒るぞ、メールで送ってやる」
「やだ!」
娘は、地面に降りると、逃げる父親を追いかけた。

「はあ!はあ!疲れたなあ・・・・でも、っさあ、エリカ、ママはうさぎさんを見てるかもよ・・・かわいい、エリカうさぎをね・・・」
「ママさあ。エリカのことかわいいのかな」
「なにをいいだんすんだい?」
「だって、ママさ、さんた・まりあ・でるふぃおーれ・・・・とか、だい・ろれんつぉ・・・とぁ。ばっついじけん・・・とかとエリカとどっちが大切なのかな」  「ばっついじけんってなにさ」
「ママが言ってたよ。だい・ろれんつぉって人がねえ、むかしいたんだって、そのひと、たいせつなひとをころされちゃったんだよ、ばっついってひとに」 「・・・・・」
「そのふくしゅうに、ばっついっていうひとをころして、ベランダからつるしたんだよ」
「・・・・あいつ・・・子供に言う話しかよ」
父親は絶句した。
「でもね、ママ言ってたよ、もしも、パパやエリカや愛ちゃんが殺されたら、はんにんをつかまえて、同じことしてやるって」
「じゃあ、サンタ・マリア・・なんだっけ・・とかエッツイ事件よりも、エリカの方が大切なんじゃないか?」
「パパ、あたまわるい、さんたまりあでるふぃおーれだよ・・・それにばっついじけんだよ・・・・もしもさ、エリカが好きなら、どうして、いつもいっしょにいられないの?たまえちゃんなんて、いつもいっしょにねるんだよ」

 いつのまにか、少女は、父親のたくましい胸の中で、寝息を立てていた。
父親は我が子の寝顔を、改めて見た。月光に照らし出されて、いつもよりもずっと輝いていた。
しかし、彼は、陽光の下で、かける娘のほうが大好きだった。
あまりに笑いすぎて、口や目といった顔のパースが、顔の外に出てしまうのだ。
 それほど笑顔がすてきな娘だ。

「しかし、イタリア人が月を女のひとの横顔に喩えるのを、どうして知ってたんだろ?」
父親は不思議に思った。なぜならば、彼の妻は。子供たちに接するときには、常にわざと答えをぼかすのが常だったからだ。
 「そのほうが、想像力を刺激していいのよ」
妻はそう言っていた。


「まあ、いいか、これが幼子の想像力というものか・・・ふふ、サンタ・マリア・・デル・・なんだっけ・・・・ガッツイ事件?なんか違うな・・・・別になんでもいいや・・・・・・オレにはこれがお似合いだ・・・名月や 池をめぐりて 夜のすがら・・・・あいつにメールで送ってやろう、
ヨーロッパかぶれもこれで治るといいな・・・エリカの怒っている画像を添付してっと」  ヒロユキは、月の向こう側にいる愛妻を思い浮かべながら、2017年の月見を終えた。


さんさん・・・さん・・さん・・・・・・・・・・
サンサン・・・サン・・サン・・・・・・・・・・


 

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