『記念の緑scene028』

人形・・・・・・・・・・・・・・。

少年の脳裏からは、あの人形が離れることはない。原爆資料館に最近アップしたというあの人形のことである。

 原爆の熱線は、人間の皮膚を溶かし指の先から、氷柱(つらら)のごとく垂れ流させた。氷柱という美しい比喩は、この際、適当ではないかもしれない。しかしながら、あの現実をことばで表す適当なことばがないのも事実であった。それほどに未曾有の悲劇だった。

 レイは、スタジオを眺めた。Stray Sheep のメンバーは試演の合間の休憩に入っている。みんな疲労のきわみにある。御幸でさえが、ギターを立てかけて、顔を両手で覆って、疲れを癒している。

 電灯はこうごうと照っているはずなのに、すこしも明るくない。ただ、目に痛いだけである。その光は、何も明らかにしないのに、視神経を余計に刺激して、脳を過活動状態に追い込む。

 

Stray sheepがバンドとして、命名されてから三ヶ月。すでに、新年を迎えていた。

淡々と曲作りをする御幸、そして、それに作詞するレイ。そして、全メンバーによる試演が行われた。その経緯においては、まるで坩堝の壺の中のように、メンバーの思いが溶け込んでいった。みな、それぞれの境遇を具体的に言い合うことはなかったが、彼等はそれを音楽で語ったのである。それは、楽器会わせのような試演から、すでにはじまっていた。

 

 最初に仕上がった曲は、“You are hero ”だった。

-----――――――――()無差別(むいしき)に投下した爆撃を

 

         虚空のそらから言われて 僕は地表を眺めてみた

 

        そこには まったく何物も生み出さない炎が 群れを成していた

 

        そこには 死臭すら聞こえない煙が 群れを成していた

 

        僕たちは なんの感興もなく それを眺めた

 

        僕たちは ウスワライすら うかべて それを眺めた

 

        議論の余地なく 僕は非情だった

 

       だけど 僕だけ それを知らなかった

 

       僕たちは そんな炎や煙を使って、虚空を上昇した

 

      それを 上昇気流だと 勝手に誤飲していた---―――――――――――

 

      それが愛国者の証拠だと 勝手に思っていた

 

     国に帰ったとき 将軍と握手をした その手が異様に冷たかった

 

    将軍は まるで死人のように青い顔をしていた

 

    彼は僕らにこう言って祝福した

 

      “You are Hero!!

    やがて、(いくさ)が終わると みんなが僕らにこう言って祝福した

 

    “You are Hero!!

 

一抹の不安はあったが 僕らはそれを素直に ごちそうになった

 

 

-----―――――――――無差別(むいしき)に投下した悪魔を

 

         虚空のそらから言われて 僕は過去を眺めてみた

 

        そこには まったく何物も生み出さない炎が 群れを成していた

 

        そこには 死臭すら聞こえない煙が 群れを成していた

 

        僕たちは それが何の意味が あるのか・・

           

        僕たちは それをさいしょ わからず なやみだした

 

 

        “You are Hero!!

 

     国じゅうがそれを騒ぎ出す 大きな声で

 

       “You are Hero!!

 

     将軍の青い顔と冷たい手が なにかを報せていた

 

 

      “You are Hero!!

 

この時点においては、仮題にすぎない。

「原爆や、それを連想させるようなワードは避けるべきだと思う。リスナーの受ける印象を限定してしまう畏れがある。国家意識やセクト主義に支配されない流れが必要ではないか」

 「オレもそれを心がけて作っただけど抜け穴があったな」

レイもそれを再認識した。

「でも、どんなイマジネーションを提出すればいいんだろう」

ベースを担当する江川大輔が言った。

「何も考える必要はないさ、ただ突き進めばいい」

当然のことながら、圭一郎の発言である。今回、御幸に作曲に手を染めるように言われて、ストレスが溜まっている。本人は、ただ、演奏に集中したいのだ。

「いい解決方法がある」

「ほう?」

御幸は圭一郎の言い分に耳を傾けようとした。

「すべて英語詞にすればいい」

「固定されたイメージを放棄するというわけか・・・・ふうん、だれが一体、それをやるんだ?」

御幸は肯きながら言った。すでに答えは出ているからだ。そのとおり、メンバー四人が御幸を見上げた。

 「・・・・・・・・・考えてもみろ、どのような曲がわたしたちを感動させた?詞のもつ破壊力を、詞の持つ力を考えてほしい。詩を理解しないという人たちが、みんな歌を聴いて涙を流すんだ、それはメロディだけが為す技ではない。そこには、詞の破壊力、ことばの持つ力が隠れているんだ」

「詞の破壊力?何を破壊するんですか」

「個々の頭の中に存在する障壁だ。これが個人の自由な発想を阻害する」

御幸は、じぶんの頭を指さした。

「その障壁を破ることで、個人の思考に直接侵入できる」

「まるで、洗脳だな」

「言い方を変えればそうなる。しかし、その力をどう利用するかで、おのずと変わってくる」

 

「あたしは・・・・・・」

浅井沙理恵が口を開いた。

「・・・・」

「どうした?」

御幸が、まるで娘か妹に語りかけるような口調で言った。

「どうして、原爆って言っちゃいけないの」

「小説家が、文章を述べることで、おのれを縛るように、いや、それ以上にことばというものは、音楽家を縛ってしまう・・・・ことばの数が少ないだけに、その力を見誤ると、その後の行動に支障が出てしまう」

「そっかな・・・あたしは素直にでてきたことばをそのまま使うのがいいと思う」

御幸は、沙理恵の素直さを貴重にかんじた。それはじぶんが完全に失ってしまった属性だからである。その上、バカでない証拠に、御幸のことばを完全に理解していた。レイは、このジョーカー的な存在にいささか、とまどいを感じていた。

 「もーいっかい演ってみましょうよ」

レイは、それを振り切るように言った。

------―――その声に呼応するように、御幸のギターが始まる。そして、それに連なるドラム。前奏だ。異様に前奏が長いこの曲、実に約60分。

 まるで、巨大な鎌で、100メートルはありそうな雑草をぶった切るようなメロディ。それ乗ると、レイは四つの邪悪なプロペラを思い出す。そして、ゴキブリを彷彿とさせるその頭部は、まさに悪魔の使い。それは、空の要塞の異名にふさわしい。

 B29が単独で、朝霧を思わせる雲の上を支配する。

----シンセサイザーが奏でる古楽器の音色は、レイのヴォーカルの呼び水となる。

「――――――――――――――!」

アイドル時代には考えられないほどの、野太い低音がスタジオに響き渡る。そして、その低音は、ファルセットへと極端に移行していく。

もはや、なんかい、辿ったのかわからないメロディを渡っていく。そのとき、少年の脳裏に浮かぶヴィジョン。それはイメージではなく、明確にストーリーを持った人間が織りなすドラマだ。

「機長、もはや制空権は我々にありといいますが、敵国への単独行は怖いですね」

「ジャップは悪魔の翼をはやして、空を飛んでくるかもな、オレの弟は、インドシナであの野蛮なジャップに殺されたんだ。あいつら、飢え死に寸前だって言うのに、棒きれだけで飛びかかってきやがる」

「正義の鉄槌が必要ですね、野蛮人の猿には、文明の鉄槌と言い換えてもいいですが」

嬉々として、若い兵士は言った。その(あお)い目はらんらんと輝いていた。まるで、太陽に照らし出された真夏の海面のように・・・・・・・・。

「ああ、ポール」

機長と呼ばれた男は、すこし、時間を置いてから意味ありげに答えた。その兵士は、男の長男とそう年齢は変わらない。

 若い兵士の碧い目が、長男のそれが重なる。

長男の目はらんらんと輝いていて、ただ両親の愛を求めていた。

----―――1945年。太平洋上、15000フィート。空の要塞と呼ばれた戦略爆撃機、B29が飛翔している。その巨大さは、まさに要塞(フォートレス) と呼ばれるに相応しく、その羽ばたきは、はるか15000フィート下にある海面に、さざなみを発生させるかのようだった。

 その要塞は、一路、ある目標に向かって突き進んでいた。彼らの言う敵国、日本は広島市。

 

----――――少年はイメージ化された物語に、(ことば)を添えるように、歌声を繰り出す。歌詞の間、間には、無数の物語が横たわる。それを表現するのは、レイのヴォーカルである。

微妙なファルセットと低音の組み合わせ・・・・・。それは、御幸が強制したものではない。

 「・・・・周一!」

「なんです!?御幸さん」

夢うつつというかんじで、レイは御幸を凝視した。

「いま、理性失っていただろう?」

---――――――――は ――――――――――――?」

レイは始めて、じぶんを取り戻すことが出来た。

「おまえがやることは、客に理性を失わせることだ。じぶんが理性を失ってどうする?カストラート」

「・・・・・」

「じゃあ、休憩しようか・・・・それからだ」

「じゃあ、御幸さんは理性を失うことはないんですか・・・・ライブ中に」

レイの訝しげな声が飛んでいく。あたかもレーザーのように、御幸に向かって放たれた。

「少なくとも、メジャーの舞台に乗ってからはないな、カストラートくん」

「そのカストラートというのはやめてもらえませんか」

カストラートというのは、ヨーロッパの歴史において、存在した音楽モンスターである。

声変わりが起きるまえに、去勢された少年のことだ。そのような少年は、ふつうの人間ではありえない広音域を発揮する。女性のソプラノからバスまで、思うままに声を利用した。

 

(テクに操られているのは、わかっていますよ、だからどうだったんです?)

レイは御幸にことばにならない抗議をした。マイクを乱暴に突き刺したのだ。張りつめた空気が支配していた。

 「・・・・・」

御幸は、特に反論らしい反論はしなかった。

このとき、圭一郎は、ふたりがぶつかり合うのを期待した。背後で始終を眺めていたこの男は、閉じられたナイフのようなカオして、ただ、沈黙を守っていた。

 直情径行のこの男にとって理屈は必要なかった。人間と人間との相譲らないぶつかりあいこそが、新しい世界を産むと信じて疑わない。

--――――しかし、御幸は、静かに目をつむった。そのとき、圭一郎は・・・・、このふたりのことばによらない会話をすべて読み切っていた。

だから、御幸が、レイをかわしたことを見抜いてしまった。大人の態度を取ったのである。

 「もういっかいやってみようか・・・」

「ちょっと、あんた!どうして、いつまでも上から見て居るんだ」

圭一郎が切れた。

 それは、一同を唖然とさせた。それも御幸に対してである。

「圭一郎、いいんだ」

レイはなだめたが、それが無意味であることは、彼じしんがいちばんよく知っていた。

「あんたは、みんなで溶けこもうと呼びかけておきながら、あんたじしんが、いちばん溶けこんでないじゃないか、ひとりだけ冷静で・・・・」

言葉に詰まってしまったが、畳み掛ける圭一郎。さすがに、相手がだれか理性という点において、気づいたのである。

「いや、すまなかった・・・・人間、歳を取ると、老獪にならざるをえないな、以前の失敗をどうしても思い出してしまう」

「?」

圭一郎は、予想と違う展開に驚いていた。殴られると思ったのである。少なくともそのくらいの気概があったらよかった。

 もしも・・・これはあくまで仮定のはなしであるが、Father landの初期において沙織が、おなじような態度を取ったら、その場で殴りつけていたにちがいない。

 じっさい、そのようなことが起こったことは否定しようがない事実である。

レイはすくなくとも、そのように仮定した。

(オレが力不足だからか・・・・・しかし、そうではあるまい・・)

レイも、実は、殴られることを予想した、というよりは、期待した。しかし、それが行われなかったのは、何故か・・・・・・。となると、疑心暗鬼に陥ってしまうのだった。そのために、レイは、ひそかに、ヴォイストレーニングの教師も見つけ、独自の訓練をも行ってきた。密かに、沙織に連絡を取ることさえしたのである。

 しかし、それらは、すべて御幸に見抜かれてしまった。年の功か経験の差か・・・。

一方、御幸の方でも、やりにくさを感じていた。

(年齢の違いとはこういうことか)

しかし、作品の構想を練り上げていくことによって、個々の世界は、ひとつに溶け込んでいくような気配は見受けられた。

 

 


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