『記念の緑scene027』

 

   

午後7時半にオンエアは、始まった。さいしょ、番組の収録だと思っていたレイは、生放送と聞いて、ほくそ笑んだ。おのれの意図が達成できると読んだのである。

 アナウンサーが口を開くと同時に、無機的な声があたりに木霊する。

「こんにちは、田母沢一です。――――――――――12月になろうとするいま、なぜ、いま原爆なのか?いぶかしく思われる方々もいるかもしれません。しかし、国際状況は逼迫を極めています。北朝鮮にイランの核問題が言わずと知れた問題でしょう。しかし、いま、現在進行形で進んでいる危機が、イスラエルにあるのです・・・・・いうまでもなく、イスラム武装組織による立てこもり事件です。彼等は、イェルサレム市庁舎を襲撃し、占拠いたしました。それから、彼等が宣言した内容は耳を疑う内容でした。彼等は小型原爆を所持し、彼等が要求する内容を満足されえないときには、自爆を行うと宣言したのです。欧米諸国をはじめ、ほとんどの人が耳を疑いましたが、同時に起きたデルアビブにおける超小型の核爆発は、彼等の言っていることの信憑性を・・・・・・」

 レイはうんざりする気持で司会者のアナウンスを聞いていた。

(それよりもいけすかないのは・・・・)

彼は横目に見たものは、まるで餅の腐ったのをこね上げたような存在だった。

­­­-----―――――伊藤アンナ・・・・芸能界に巣くう怪物の一種である。

しかし、レイにはまじめに考えねばならない問題があった。番組に出る前に、御幸と電話をしたが、そのときの声が耳から離れない。

「いいか、周一、ここはきみが考えなければならない・・・どうして、ここにいるのか・・・・この番組に出ることになったのか・・・それを考えろ・・・いいな?私が言ったことばを思い出せ」

(―――――――世の中に、偶然はない―――――――――かよ、け・・・なぞなぞだしやがって)

 レイは、えんえんと続くアナウンスを聞き流して、テレビのセットを概観した。真っ暗な夜をイメージした背景に、原爆で有名な写真が並ぶ。原爆ドームに、ファットマンにB29、そして、完全に破壊された広島に長崎の市街・・・・・。

(まったくありきたり・・・だよな)

しかし、ひとつだけレイの心を打った展示があった。それは、原爆記念館から借用してきた人形だった。

 マンガなどで、原爆の惨禍には多少は知っているレイだった。その中でも特にひどい画像がある。それは、原爆投下直後のこと、その熱によって皮膚が溶けて、地面にまで垂れ下がった。地面につくと痛いので、まるで幽霊のような姿勢で歩いたという。

 その様子をリアルに人形に作ったのが、展示品である。その政策意図やそうせざるをえない理由には呆れたが、人形そのものをみせられると、レイはじぶんのこころに波打つものを感じざるを得なかった。

 ----―――ただし、それは人形の向こう側にある事実であって、人形そのものではなかった。それは彼の詞作への意欲を駆り立てた。番組に参加しながらも、頭はあさっての方向に旅立っていった。

 

一方、伊藤アンナを中心として、拝島五郎、麻生大輔、飯盛シンジ・・・・そして、レイ・・・そして、急遽、与党、野党の政治家がそれぞれ二名の総勢9名がゲストとして、番組が進行しつつあった。

「市庁舎を狙ったというのが、彼等の作戦でしょうな、首脳府と違って警備が手薄でしょうから・・・彼等の狙っているのが自爆テロであり、イェルサレム攻略ではないところに話しの種があると考えます・・・・・・・・ここに自らの命を省みない自爆テロの恐ろしさと強みがあるのです」

ノンフィクション作家だという拝島五朗の高い声が響く。若いときはテノール歌手を目指したという異色のインテリとして有名だ。レイもこの声を聞いて、はじめて思い出した。

かつて航空機を使った自爆テロが、資本主義最高の府を攻撃したことがあった。そのときに偉そうなことを言っていたヤツだ。

「こいつ、いい声してんじゃん・・・歌手にでもなればよかったのに・・・・かおも悪くないし」

レイは別に、五朗の過去を知っていたわけではない。しかし、それを見抜いたのは、よい耳を持っているという証拠だろう・・・・・・。

 

「テロに対しては、団子とした態度が必要です。対話や話し合いはありえません」

かつて、これほど紋切り型ということばが適当な表現があったろうか。

与党の政治家、只沼紀三郎の発言である。ここで団子と表記したのは、誤植ではない。

レイは、まさに団子を食べたくなったのである。そのような思考ゲームをやっていなくては、こんなくだらない番組に出演してられないということである。

 

(おまえなんて、只の沼だろう?よどんでりゃいいんだよ!し、かし、オレも場違いだよな・・・番組プロデューサーもオレの歳を10歳ほど勘違いしてんじゃねえの)

レイは毒づいたが、じっさい、それどころではない。新しいじぶんというものをアピールする絶対の機会であると、御幸は言っているに違いないのだ。しかし、何を言うか・・・・。

レイが予感したとおりに、はじめてアナウンスを受けた。

「では、北さん・・・音楽グループのリーダーだと伺っていますが」

アナウンサーは、違和感を感じていた。なぜならば、前もって与えられていた情報と違うからだ。情報では、28歳とある。しかし、目の前の人物はどう見ても、少年にしか見えない。おそらく、16歳である彼の息子とそれほど歳が違わないだろう。

「・・・・・」

レイは不敵な笑顔をぶらさげて、アナウンサーを睨みつけていた。出演者である与党の二人目の議員、浅沼伝三郎は、この歳76歳、19歳にすぎないレイとは、57歳の開きがある。

 最年長である伝三郎氏は、かしこまって、議員とは思えない控えめな態度を示している。それに比べて、いちばん、若いレイがいちばん偉そうな態度で、椅子にふんぞり返っていた。

 そもそも、その無意識の行動がアイドルの彼を脱しているとさえ言えるのだが・・・。

「あの・・・・北さん」

アナウンサーはさらに低姿勢で、レイの発言を促した。

「・・・うん、オレには、難しいことはわからないけど・・・」

発言の出だしは、まさに白痴美のレイそのものだった。しかし・・・・・次ぎに従うパラフレーズを聞いたとき、彼をよく知る者たちは度肝を抜かれた。

「しかし、いま、人間っていうのは、ごく自然な道を行っていると思うな」

「それはどういうことです?」

「いいか、そもそも、人間っていうのは、理性や知恵の範囲に、押さえられる存在ではないわけだ。その証拠が、ネット社会だ。あれなんて、まさに無法世界のオンパレードだろ?時代をさかのぼって、洋の東西にかかわらず、中世社会なんて言うのは、まさに無法世界だ。一見、中央政府なんていうのが存在しているように見えて、存在してない。あれが本質さ・・・人間なんて理性で計れるもんじゃない・・・・だから、人間は自然な姿に戻ろうとしているのさ」

 「じっさい核兵器が作動しようとしているのですよ、それで、何百万人もの人名が喪われようとしています、それをどう思いますか」

アナウンサーは必死になってきた。若造の口からは、意外な単語が罷り出てくる。

一方、伊藤アンナは、片方の眉を微かに動かしただけだった。

当のレイは、内心言葉に窮していた。御幸の受け売りもネタが尽きつつあった。

「デルアビブでは、既に超小型核兵器が爆発した」

拝島五朗が、思い出したように言った。

「そうです、60年ぶりに人に対して、核兵器が使われたのです・・・・それがどんなに小規模であろうとも・・・・・・・・・」

アナウンサーは、ゲストに、イニシアティヴを奪われまいとして、やっきになった。レイの非常識きわまりない発言にも、ペースを完全に奪われている。彼は怖くなったのだ。番組が終わった後、どんな事態が彼を待っているのか。

 彼には妻とふたりの可愛い児がいる。レイのようないい加減な職業のピエロじゃない。ちゃんとした職業人でかつ常識人なのだ。そんな、彼がレイのような人物に未来を奪われてはならない。

 それに加えて、番組のバックでは、アナウンサーと同じように、いや、それ以上に汗をかくものが続出した。だれもがじぶんの責任を回避する方策を思い描いた。

「は、拝島さんは、どのように思われますか」

アナウンサーは専門家に助けを求めた。彼ならは、この状況に適した言葉を発してくれるにちがいない。ちょうど、パズルのピースを決まった場所に当てはめるように・・・・。

「そうですね・・・・そういう考えもあると思いますが・・・・・・・・・・」

拝島はごく常識的な発言を連ねていく。思えば、これがこのひとたちの生きる道なのだろう。レイは、再び、番組の外に立って達観することにした。アナウンサーやゲストたちの声がヴォーカルキャンセラーがかかって聞こえる。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

思わず、飯盛シンジと目があった。彼も同じ気持ちなのだろう。何故に自分たちが呼ばれたのかわからない。ただ、視聴率だけを追いかける結果なのだろうか。そうだとしたら情けない。いつ、キノコ雲がひとの頭の上に上がるかもしれないという時に、こんなくだらないショーを繰り返しているのだ。

 日本人というのは、本当に幸せな民族なのだろう。レイはつくづく思った。御幸は、新しいアルバムは戦争が必要だと言っていた。せめて、創作物の中に戦争を感じて欲しいと。だから、じぶんは作品の中にそれを塗り込めてきたのだと・・・・・。

「・・・・・・・・・危機意識は・・・・」

そのとき、レイの耳に誰かの発言が飛び込んできた。

 

(危機意識ねえ・・・・)

それは目の前の人物群にもっとも足りないものだった。

(こいつらは、危機意識を売り物にしているだけだ・・・・まあ、それを材料にして人殺しをしないだけ・・・・――――マシ・・・・か)

レイはアメリカの大統領や高官のカオを思い浮かべた。もっとも、彼等の後押しをしているのが、彼の故国なのだから、何も言えない。しかし、若いレイはその点には思いが及ばなかった。

(オレたちは、人を殺さない戦争がしたい)

レイは、始めて御幸の言いたいことがわかったような気がした。

人間と言われる生き物にはある道徳があるらしい。それは戦争やひとごろしは悪だという命題だ。しかし、そんな道徳によって戦争が止めになったじたいは無きに等しい。ほとんどの戦争終結は、経済的あるいはやむをえない事由によって行われたものだ。

「ひとは他人を傷つけたいのだ、いじめたいのだ」

御幸はそう言っていた。

「破壊や殺人を売り物にする作品群を眺めて見ればいい、制作者はけっして、それを反戦の具に利用しているのではない、破壊や殺戮行為そのものを楽しんでいるのだ」

そこまで言われると、さすがにレイも反論したくなったが、それもレトリックだと思うと納得できた。

 レイの頭の中には、彼や御幸の思いと矛盾するオブジェクトが浮かんでいた。

それは原爆資料館に新設された人形のことである。

(詞を書きたい)

レイはむしょうに、創作意欲が沸いてくるのを感じた。そのような状況に陥ったクリエイターにとって、おのれ以外のすべての存在がバカに見えてくるものだ。

ただ、一片だけ生き残らせた理性が、レイをして、神妙なカオをさせた。しかし、その薄皮の内部では、ギターがうなりをあげ、その声帯は限界まで振動しつつあった。

 

『蚕』

 

蚕の中身が溶けて 外界(そと)へと いっせいに噴き出した

 

あわれにも 蚕は オナカを満たすことができない

 

そちらの方向へと 進むことができない 

 

そちらの方向からは いい匂いがするのに

 

自ら、吐き出した 吹き出物によって 手足がもたつく

 

あたかも 手足が溶けて地面に連なってしまったかのようだ

 

ああ 何とせかいは 赤いことか

 

生まれて始めて、外界(そと)を見た臓物は 思った

 

そして 何と熱いのか・・・・・・・・・

 

 ---――――止め止めなく、作詞活動を続けているうちに、番組は終了にさしかかっていた田母沢アナウンサーが、終了のアイサツを始めた。

(オレが気持ち悪いと思ったのは、あの人形やその政策意図ではなかった。オレが本当に気持ち悪いのは、あんなものを作らないと、理解できないヤツらがいることにあったのだ。何という想像力のなさじゃ・・・・・・中学のときに読んだ『黒い雨』の数行を読んだだけで理解できることじゃないか・・・・『原爆図』を見れば、全身が焼けるような気がするじゃないか・・・・みんなくだらないハリウッド映画で、想像力を引き抜かれちゃって、不感症になっているんだ・・・・・だからあんな人形が必要なんだ)

----―――少年は思っていることをうまく文章にできなかった。だから、相当にいらつきながら、来るべきStray Sheepのメンバーにメールを送った。

 

 

 

 

 

 

 


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