『記念の緑scene026』

 

 

「え?なんで、僕なんですか?」

社長から、その話しを聞いたとき、レイは思わす声を上げた。それがあまりに予想外のことだったからだ。ちなみに、レイは正式にはいまだアイドルグループ、Crystalsのメンバーである。“Stray Sheep”はあくまで、地下ですすめているはなしにすぎない。

 そして、会議は踊るがされど回らずの比喩にある通り、---―――うまくいっていない。

 そんなときに、社長からテレビ番組のはなしがきた。

「だから、安西さんが事故で入院してしまったんだ、代わりにきみということになった。頼む受けてくれ」

 安西とは、安西龍之介のことであるロックバンドのヴォーカルである。

「圭一郎とか他のメンバーはどうなんです」

「彼は、何よりも毛並みが違うし、他のメンバーはちと、な・・・」

-------―――存在感がないということですか・・・・社長、ひとつ聞いていいですか」

「私が答えられることなら」

「もしも、社長がこの質問にお答えになるなら、引き受けてもいいですよ」

レイは組んでいる足を組み替えて言った。

「・・・・・?」

「もしも、俺たちが解散したとして・・・ですよ、Crystalsのメンバーで、このせかいで生き残れるのはだれですか」

「・・・・きみと圭一郎君だ」

レイは、横顔を社長に向けた。その横顔は、常識はずれの美貌だ。社長はおもわず、彼が同性なのにかかわらず、胸のうずきを否定できなかった。

 -----――――――――レイの口が動く。

「それはプロとしての判断ですね・・・・・・たしかに才能っていうのは大事ですよ・・・しかし・・・・・・・・」

レイはことばをぼかした。

「・・・・・私はプロだ・・そして、何よりもひとを大事にする。君らがいなければ、芸能プロダクションなぞ、存在しえないのだからな・・・だから、できるだけサポートはする。ただし、きみら二人にはそれが必要ないということだ」

「・・・わかりました。広島に行きましょう」

「わかってくれたか」

レイは黙って立ち上がると、オフィスを後にした。付き人が待っていた。

「きょう中に行かねばなるまい?」

「はい、打ち合わせは11時からです」

ふたりは、地下駐車場へと急いだ。

「だれだっけ?」

「は?」

「こんどの番組をしきるヤツは」

「はあ・・・・」

 「知って居るんだろ?」

「調べときます・・・・レイさん?」

「何?」

「レイさんは嫌いな物から食べます?僕はそうなんですけど」

「何がいいたい?」

ふたりは同時に車に乗った。ドアが閉まると同時にエンジンがかかる。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

ふたりの間に、きわめてきまずい空気が広がった。

「・・だな」

「は?」

「伊藤アンナだな?」

「・・・」

「二度言わすな!あのババアの名前なぞ、二度と呼びたくない」

「猖獗きわまる存在ですね」

付き人は他人事のように言った。

「・・・・・・・・・・」

「不快な存在がはびこるっていうことです」

「そのくらいわかる。オレだって詞を書くんだ。まさに、あいつは不快な存在だ。あの豚女、燃やしたらよく燃えるだろうな」

董卓みたいに、ですね

「トウタク?」

「三国志の登場人物です。怒りに燃える民衆に嬲り殺しにされたんです。そのとき、火を付けたんですが、ものすごい太ったひとだったので、何日も燃え続けたそうです」

「さぞかし悪逆非道の人物だったんだろうな」

「そうですね・・・別に脂肪の多いひとが、悪逆非道とはかぎりませんけど」

レイは、伊藤アンナの名前を聞いて、気持ち悪くなった。かつて、伊藤アンナショーと称する身の毛がよだつ番組に、無理矢理に参加させられた。そこでは、白痴美の少年というウリで参加していた。

 「レイちゃん」と呼ばれて、彼はアンナに気に入られたのである。

「笑うと、厚さ一ミリに及ぶ化粧が、蠢くんだ・・・あれは、思い出しただけでも吐きそうになる・・・」

「ご同情申しあげます」

また、付き人は他人事のように言った。

「きみに何がわかる?あんなおぞましい怪物にキスされたんだぞ!」

「レイさんは喜んでいたじゃないですか」

付き人は反論した。それは事実だった。

彼が言うとおり、レイは、おぞましい悪魔にキスされて、にこやかに笑っていた。その後、全国のレイファンから、脅迫や殺人予告の手紙やメールが舞い込み、その中には、事件にまで発展したケースがあった。

 しかし、この女にそんなものが通用するはずはなかった。痛くもかゆくもないといった風で、肩を切って芸能界を闊歩していたものだ。

 

 「しかし、今頃どうして原爆なんだろうな」

「ニュース見ていないんですか?イェルサレムに小型の核兵器が持ち込まれているっていう話しですよ」

「それ、本当か?」

「ええ、なんとかいう組織が、犯行声明を出しています。条件を出して、それに一週間以内に従わないときには、自爆テロを行うと・・・もちろん核っていうはなしです」

「それは恐ろしいはなしだな」

「広島と長崎の市長が現地入りするなんていう話しも出ています」

  「人間の楯になるつもりかよ・・・まったくアルカイダとかその周辺の組織にとって、長崎や広島の市長がどうなろうとどうでもいいんじゃないか、あいつら、自分の息子やむすめを自爆テロに使うやつらだろ?」

レイは毒づいた。

 

--―――レイは、車窓から見える夕日を眺めた。それはオレンジ色に、視界を染めていた。

「オレは小さいころ、太陽と原爆が同じメカニズムだって知って恐ろしくなったよ」

「地上に、放射能が降り注いでいるとでも思ったんですか」

「ああ、学校で原爆について学んだばかりだったしな・・・・・ヴァンアレン帯なんていうのも知らなかったし」

「ヴァンアレン帯は知って居るんですか」

「ああ。まだ勉強が好きだったころだ・・・いい加減できすぎて、高校ぐらいからまじめにやらなくなった。これがこのていたらくだな。」

 レイは自嘲気味に言った。

 

「それはいいとして、どんな番組なんだっけ・・・・・ゲストの芸能人、数名で原爆資料館を訪れるっていう何処にでもある番組です・・・」

「なんとかいう大学教授がガイドとして参加するんですが・・・・あ、きてますね・・・メールが」

「なんだ?」

「メンバーのことです・・・拝島忠興、麻生大輔、飯盛シンジ・・・・」

「拝島?知らないな」

「ノンフィクション作家です・・その世界ではかなり一流のひとです」

「へえ、麻生大輔が来るのか・・・・・あいつ、倒れたんだよな」

「そうですね、寄席で」

「落語家ぶせいに、原爆がわかんのかよ」

「白痴美を誇っているアイドル歌手よりも、ましだとはおもいますが」

「言ったな、こいつ、そんなの社長が売り出した勝手なキャッチフレーズぢゃないか」

レイはおどけて言った。

 

「シンジ君はいいとして・・・・」

本名、飯盛信士、元プロ野球選手である。将来を嘱望されながら、わずか26歳の若さで引退した。いまは、二枚目俳優として、一定の成功を遂げている。

レイとは友人どうしである。レイは、家族以外で、その理由を知っている数少ない人物である。

実は、ある難病にかかっていて、このまま選手をしていたら、余命10年はないと告げられたのだ。

 プロと甲子園の違いはあるが、元選手どうしであるだけに、最上義之とも深い交流がった。レイの脳裏には、ふたりが、喜び勇んで野球のはなしに花を咲かせているシーンが浮かび上がっていた。

 それは非常に美しい影像だったが、付き人があげた人名はレイを驚かせるのに十分だった。

「安藤沙織・・・え?Skeltonさんですね」

付き人はあくまで落ち着き払っていた。

レイの視界には、沙織の霊妙とさえ言える美貌が、映っていた。それは御幸の堂々たる麗しさと違って、派手さはないが、ごく控えな、そして黒いドレスが何よりも似合う女性だ。それに金粉がこころなしか散布されていると、なおよい。

 「どうしたんです」

「いや・・・・・」

レイはことばを濁した。

 ----―――――そのときである。

レイはふいに、隣を行く黒い車を見つけた。車窓・・・・。車を運転している女性。それを見間違えるはずはない。

 安藤沙織・・・・・。

沙織は、すぐにレイの視線に気づいた。沙織は、口に紅を塗っていた。少年に、得も言われぬ美観を与えた。

 か細い身体。しかし、けっして、華奢な印象を与えない。芯に一本、しっかりとしたものが入っているように思えた。

 車は人気のない路地に止まった。レイも止まるように言う。

 

車から出てきた沙織は、薄い緑色のカーディガンを肩に羽織っていた。歳よりも、高い服装をしているのが、レイには、不思議に思えた。それは故意に、何かを隠しているように見えた。テレビでおなじみの凍り付いた笑顔をしていた。

 しかし、レイを見つけると、表情が変貌した。

「沙織さん・・・」

レイはおずおずと言った。まるで、蛇に睨まれた蛙だった。彼はそれを意識していたが、どうしようもない。細面に刻まれた上品な口が動く。

「北くんね、御幸から話しは伺っているわ」

「・・・・はい」

まるで、20歳も年上に対するような顔をする。

あえて、視ると背の高いひとだと思った。御幸と並んでいる写真や影像に親しんでいるために、小柄に見えたが、とんでもない。レイよりも大きいのだ。

「偶然ね、って言っても、行き先が同じなんだから、それもないか」

沙織の声は低く深いテノールだ。そのギャップが御幸と正反対で、興味深い。しかし、いまは、そんなことにかまってはいられない。目の前の怪物に、どうやって接するかが問題だった。

 ここは、大都会、東京を見下ろす緑地。ひょっとした高台になっている樹木と緑の間に、無粋な都会が、見え隠れしている。もう、冬も近いから、常緑樹だけの森は、物足りない。骸骨のような木々が、圧倒している。

 

 「これも天の配剤とでもいうものかしら」

「・・・・天から洗剤が降ってくるんですか」

レイはおもわずふざけてみた。死刑前の笑いというやつである。御幸のときもそうだったが、あまりに巨大な存在を目の前にするとだれでもそうなるらしい。それでも、絵になるのは、レイの常識はずれの美貌にあるのかもしれない。

「ふふっ、あんたが言うと、くだらない発言も絵になるわね」

「恐縮です」

おもわず本音がでた。

「・・・・・ふふ・・・あんたはもしかして、わたしにこう言ってほしんじゃなくて?」

「え?」

沙織は、レイの横にちょこんと座った。その動きが、彼女のイメージと外れるので、思わず緊張が、わずかだがゆるんだ。しかし、次ぎのような台詞は、レイを凍り付かせるのに十分だった。

「・・・あなたごときに、御幸の曲が歌えて?ワタシの代わりがつとまるとでもお思い?」

「・・・・!?」

 

「あははは!冗談よ!冗談」

 

 

「ムリよ、ワタシには曲がつくれない」

 

 

 

 

 

 

 

 


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