『記念の緑scene025』
「そうか、バンドの名前、決まったのか、周一郎」
「そうですよ、叔父さん」
広い室内に、明かりはひとつだけ。古風な蝋燭を模した照明がひとつだけ、まるで、世界のかいぴゃくの時から、そこにあるようだ。
----―――――――妖しく点滅する機器を耳に当てる少年がひとり。
「もったいぶらずに言ってみろよ」
「はは・・・Stray Sheepですよ」
「は?ああ、ストレイ・シープか、迷える子羊か・・・・周一郎、お前の発音が悪いからだ・・・・まったく、若いうちに成功するとこれだから、だめだな」
「学がないということだ・・・最近も、何とかいう有名若手女優が、大学を辞めたろう」
「飯堀キリコでしょう」
「そうだ、飯堀だ・・・若い内だから学問に身が入るというものだ・・・やっているさいちゅうは無意味に見えても、何かあると、必要に感じるものだ」
「御幸さんは違いますよ、高校在学中に、すでに成功していましたからね・・・・それでも大学は卒業しているし、イタリア語とかべらべらですよ・・・歌詞の中にいくらでもちりばめられていますけど、みんな正しいみたいですよ・・・専門家が耳を巻いてましたよ」
「舌のまちがいだ!周一郎、悪いこと言わないから、これから大学に行け、学費はオレが出してやる」
「ふふ・・・同じことを御幸さんにも言われましたよ。これから受験勉強ですか」
「ああ、それがいい、そこでだ、例のバンドの名前のStray Sheepだが、出典は知っているのか」
「たしか芥川龍之介とか言ってましたっけ・・・」
「バカ、夏目漱石の『三四郎』だ」
「そっか、なつめそうせきか・・・・『吾輩は猫である』の人ですよね」
「ああ」
「オレ、よく知っているでしょ?教養があるじゃないですか・・・・・・この名前の由来はですねえ、ドラムの沙理恵さんがその『語史郎』でしたっけ、それを休憩時間に読んでたんでですよ・・・それを圭一郎が見て、そうなったんです」
「よくわからないが、圭一郎君は、Stray Sheepの意味を知っていたのか」
「そうですね・・・あいつ意外と勉強しているんですよ、あれで・・・本なんかもよく読んでいるみたいです・・・・・それで、その本を見て、沙理恵さんが言ったんですよ「バンド名が無いなんて、迷子みたいだって」
「それで、圭一郎君がピンと来たのか」
「ええ、御幸さんも賛成してくれて、Stray Sheepってことになりました・・・オレもその響きに気に入りました」
「その割にひどい発音だな、あれじゃ英米人に通じないぞ」
「はは、そうですね・・・・でも著作権ってどうなんですか」
「Stray Sheepそのものが聖書からの出典だ。たしかに、Stray Sheepはあの小説の大事なキーワードのひとつではあるが・・・・おい、周一郎、お前読んでみろ」
「オレですか?ダルイな・・・カッタるいですよ・・・詩ならいくらでも読みますよ。詩は読むものではなくて、食べるものですけどね・・・・・・・・・詩人ならいくらでも上がりますね、宮沢賢治、北原白秋に、荻原朔太郎に。そして、だれよりも中原中也」
「お前は詞を書くんだったな・・・・でも短い詞のむこうがわに本一冊ぐらいぶんの文字があるって言うぞ」
「おなじことを御幸さんにも言われましたよ」