『記念の緑scene024』

 

  紅葉もすでに燃え尽き、晩秋となった11月上旬、御幸たち五人は、東京都内にあるスタジオに集まっていた。御幸が個人的に設立した私設スタジオである

 小規模だが、設備は整っている。楽器や機材類は充実し、録音もできるようになっている

-----――――レイと圭一郎の間に横たわった精神的は障壁が、完全に取り払われたわけではない。ただ、御幸の尽力によって、ふたりの距離が縮まったことは事実である。そのきっかけとなったものは、御幸が創ったメロディとそのメロディにつけたレイの詩だった。

 

「原爆?」

この詩を一読したときの圭一郎の感想はそれだった。

「原爆を落とした、B29の乗務員のひとりが、罪悪感に勝てずに自殺したっていう話しだろう」

「それが、御幸さんの曲を聴いて出てきたイメージだろう、しかし、それは本当の話しなのか」

 

「いや、それはわからない、ネットで小耳にしたことだ。御幸さんの譜面を見たら、何故かそれがイメージされた。だから、それを素直に歌詞にしたんだ」

「それを義之のこととリンクさせたいわけか-----――――――――たしかに、フィーリングとしては、わかる・・・オレの第一の感想はそうだった。しかし、論理的に、そのことと原爆がどうしてリンクするのかわからない」

圭一郎は異議を申し立てた。元来直線的なこの男は、議論めいたものは苦手だが、今回、結構、口を挟んでいる。それほど意気込みがあるということだろう。

 レイは、義之のなまえを聞くだけで、内心の動揺を抑えきれない。しかし、それを口に含んで、表に出すまいとした。

 ----――――御幸が議論を続ける。

「論理的に------―――――――という疑問はよくわかるが、要は、フィーリングではないか・・・・・そして、それが、真実であったかどうかは、どうでもいい、だから、暗喩に溶け込ませるんだ。そこにこの技法の良い点がある・・・・・もっとも小説ならそうはいくまいがな、エノラゲイとか原爆とか実名を出した時点で、全国のクレーマーたちが手薬煉をひいて待ってらっしゃる」

いままで、ふたりの議論を外観していた御幸が、口を挟んだ。

---―――人間って言うものは、直接・・・・だ。と宣言されるよりも、物語にされたほうが、心に染み込むものだ。子供にする昔話がそうだ。あれは、9割方が訓戒のたぐいだが、物語というかたちで、暗喩をうまく使っている」

「必ずしも、罰を受けるほうが悪者だという印象を受けない場合もありますよ・・・オレが小さいころ聞いた話ですけど・・・・・・・・題も出展もわからないですが・・・・こんな話しです・・・・・」

 レイが説明した話しとは、こんな話しである。

ある村に、大男が住んでいた。その男は、当然他の村民よりも食物を多く必要とする。だから、いつも飢えていた。

 そんな大男が、いつものように食べ物を求めて、山中を彷徨っていた。そこで、見つけたものは池だった。はたして、そこには小魚が何匹か泳いでいた。彼は、いちもくさんに、それらを捕らえる。当然、それを食べてしまおうと思った。

 ---――――しかし、彼は思った。それはみんなで分けるべきだと。じぶんだけで食べてはいけないと考えた。

 だが、大男だけに食欲には勝てずにみんな平らげてしまった。すると、辺りが暗くなった。男が驚くと、雷のような音ともに、衝撃が大男の中に走った。

 気が付くと、大男は竜になっていた。

「オレは昔から気にくわなかったんです、それが小さいときには、何処が具体的におかしいのかわからなかったんですけど・・・・・大男は人よりも何倍も大きいわけだから、当然、大食いであることが許されてあたりまえでしょう・・・・それで、竜にされるって言うことがわからなかったんです・・・・たぶん、みんなで公平に分け与えられるべきだという主張だと思いますが・・・」

「竜にされるっていうのが罰なわけだ」

圭一郎が口を挟む。

「しかし、御幸さんこういう議論って必要なんですかね・・・・オレなんて、このメンバーで、楽器を持たせて、御幸さんの曲とレイのヴォーカルがあればいいと思いますけど」

「その曲が作れないんだ。土台がないとね・・・・料理に隠し味やだしという概念あるように、音楽や美術にも、それは不可欠なんだ・・・もちろん、遊びで曲は生まれるが、それは練習曲でしかない・・・

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

そして、曲がないと歌詞が生まれない。もちろん、歌詞からつくる場合もあるが・・・・・・」

 

「オレたちにはそれが足りなかったんですね」

「それはお前たちのせいではない」

 

「オレっちには難しいですよ」

「難しいことはないさ・・・私たちに在った多くのこと、それをイメージするんだ・・・共通の目的に向かうベクトルに乗せて・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヴィジュアライズして出てきたものを捕獲するんだ・・・・・レイがやったように、義之君のこと・・・・・私の曲・・・・原爆と言ったかんじでね・・・もちろん原爆という題名を表に出すひつようはない」

 

「あのときは、まずB29の影像が出てきたんです・・・・あの丸い頭ですよ、何処かアレを思わせるような気持ち悪さがありますけど・・・・・・・・」

「アレ?」

「地球最悪の生き物のことです」

「アレはきっとDNAでできてないんですよ、XNAとかCNAとか、とにかくおぞましい物で構成されているんですよ」

「ぷ・・・・」

圭一郎が吹き出した。

「言うなよ、言ったら殺すぞ」

レイが言う。その声には、一抹の震えが隠されていた。たしかに脅しているのだが、まったく迫力が感じられない。

「ゴキブリのことです」

圭一郎は情け容赦なく、その呼称を使った。それが嫌いな者は、その文字さえ嫌なものだ。

「ぅうわあ!!やめろ!!」

「ははは、こいつ言葉だけでもこうなるんです」

「あんなものが怖いのか・・・・捕まえるのは難儀なんだが・・・・」

「あんなものをさわれるんですか?」

「この手で握りつぶしたことがある・・・・・ひと夏に何匹か犠牲になるか・・・あれって、つぶすと中からゼリーみたいなのが出てくるのな」

御幸は、音楽家らしい大きくかつ柔軟な手をにぎにぎさせて、恐るべきことを言いのけた。その手には、繊細で長い指が備わっている。

「や、やめてください・・・・ゼリーが食べられなくなります」

レイは、御幸の指が、あのおぞましい生き物を握りつぶしている影像を思い浮かべて、生きた心地がしなくなった。

半死半生という顔を、この美少年がした。背後でひかえていたベースとドラマーが吹き出した。彼等は、今日、はじめて一堂に会したのだ。

ふたりは、なかなか三人に溶け込めないようだった。三人とも、すでに芸能界では名の売れた存在だったからだ。

御幸が認めただけに、音楽に関しては天分に恵まれた人物である。しかし、目の前に御幸たちのようなひとたちを見ると足がすくむらしい。

 

 

「オレらなんかが、Bloodさんたちと上手くできるか不安なんです」

ベースを担当する江川大輔が言った。

「不安に思うことないさ、きみはいまここいる・・それがいちばん大事なんだ・・きみの意志は関係ない」

 御幸はかんぜんに、超然としていた。そう言われるとかえって、まるで人間を超越したものを対面しているようで背中が寒くなるのだった。

大輔は、御幸に始めて出会ったときに、彼のバンド遍歴をすべて知っているのに、驚きそして、呆れた。

 (そこまでじぶんを求めていてくれたのか・・・・これほどの人が)

そう思って、いざ参加してみると、その人物の大きさに震えが止まらなくなるのだった。

 一方、ドラムを担当する浅井沙理恵は、言うまでもなく女性である。丸メガネのどうみてもOLとしか見えにないこの女性を知ったのはついさいきんのことである。ある大学の学園祭の演奏を偶然聴いたことから始まった。それも、現場ではなかった。

 暇つぶしのネットサーフィンをしているときに、その影像を捕らえた。そのドラミングに惹かれたのである。

--――――その演奏においては、ドラムのメンバーが換わっていた。いつものメンバーが事故で入院してしまったのである。

そのとき、ロックバンド部の先輩である沙理恵がきゅうきょ呼ばれたのである。

 「えーーーーまともにやってなかったんだよ、あたし、それでもいいの」

「・・・・・・・」

後輩たちは一抹の不安を覚えた。それは真実だったからである。しかし、部内にドラマーはひとりもいなかった。

ここに急ごしらえのバンドが成立し、学園祭の演奏が行われた。

 ---―――――それをたまたま、それもネット越しで聞いていた御幸の耳にとまったというわけだ。

 そのとき既に10月。もちろん、就職も決まっていた。

 「わかった、受けるよ、そちらの方がおもしろそう」

それが答えだった。ちなみに、沙理恵は音楽のことにあまり興味がなく、Bloodの名前もFather landの名前すら知らなかった。

 そんな沙理恵を平均なみに、鍛えるのは、御幸も骨を折った。それは彼女じしんの性格もあったのだろう。しかし、Father landのドラマーに頼んでまで、御幸はそれを実行したのだ。

 


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