『記念の緑scene021

 

 

 乳白色の空間が、そこにあった。入ってくる陽光。そして、かすかに聞こえるのは、風によって葉が互いに、合わさる音。すべてが、完全に、空虚だった。そんな空虚さが、好戦的な気分に火をつけた。

「ふざけるな!ばかやろう!どうして、お前は平気な顔してられるんだ!!」

一人の少年が、もう一方の少年を怒鳴りつけた。

前者が、赤木圭一郎。後者はレイこと、北周一郎である。圭一郎は、一気呵成に、レイに殴りかかった。

圭一郎の拳が迫る。

「・・・!!」

「・・・・・!」

たまたま側にいた看護士たちは、尽かさず、おのれの責務に忠実足らんとする。

そこに大人の声が割って入った。

「いい。ここは私にまかしてくれ」

院長である犬嶋正沖だった。

「しかし・・・・」

男たちはしぶしぶ、手を引いた。

振り上げた拳を使えなくなったとき、肉体派の連中は、世のむなしさというものを実感するのだろう。やるせない表情を隠せずに、拳を握った。この種の連中は、他人をおのれの腕力を支配できることを何よりの悦びとしているのだ。

 看護士という職業はそれを合法的になせる。彼等がこの職業を選んだ所以だ。

 

正興は、ふたりの看護士を連れて、個室を後にした。

「彼は患者ではない。よって院内規定は援用されない」

まるで、法令の文章を読み上げているごとくだ。正興は、子髭をしゃくった。これは彼の癖なのである。

 バタン!無機的な音とともに、自動ドアは、自然に閉まった。しかし、内部においては、非常に有機的な出来事が起こっていた。

--―――二少年の殴り合いである。こんなことをほっておく病院も珍しい。正興は、すべての職員をこの個室から遠ざけた。

 レイとて、外見に似合わないが、いざとなれば暴力をもいとわない。いままで、タガがかけられていたからである。それはトップアイドルであるCrystalsの中心メンバーであるとの自覚。レイは、密かにピエロの親玉と呼んでいたが・・・。それはともかく、

 そのような世間やマスコミが要求するタガに甘んじていたのも事実である

しかし、今日、この日、それは爆発してしまった。職員たちに、箝口令はひいたものの、それが無意味であることは、正興も彼等もわかっているだろう。

 そうなれば、マスコミは喜んで、疑似文学をでっちあげるに違いない。

だが、そのような理性は、二人の少年の間には無かった。それは確かに合ったのだが、そっちのけになってしまった。

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暴力の後における時間の経過は、男女のセックスの後に似ていた。

 -----―――――ふたりは、互いに顔を腫らして、あさっての方向を向いていた。レイは窓の外を観ていた。樹木の葉々の間に、人や車がちらちらしていた。

 一方、圭一郎は、床に座り込んで、戸棚を見ていた。そこには和菓子が並んでいる。それはまるで、死者へのお供えのようだった。

              「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

ふたりは話すべきことばがみつからず、じれったい気持ちを抑えきれなくなってしまった。

Alfred・・・・」

「レイ・・・・」

ふたりは、まるで長いこと出会っていなかった恋人のように、見つめあった。かれらの間で、流れている時間は、かれらにしか理解できなかった。

 それは、まるで音のない音楽のようだった。ふたりは、このとき、確かに演奏をしていたのである。ギターとヴォーカルは互いに、合い争っていたが、いまは、調和の音楽を醸しだそうとしている。

 あくまで、それは予感にすぎない段階だったが・・・・。

「オレはたしかに、あいつを殺した」

「・・・・・レイ」

------――――――――圭一郎は頭を振った。

 そのとき、レイは、圭一郎から、水滴がこぼれるのを視た。レイは立っていたために、彼の顔を見ることはできなかった。

「・・・・た、頼む、お、おしえてくれ!オレはどうしたらいい?」

「レイ、オレがお前を憎めると思うのか?それを知っていて、そう言うならお前は卑怯だ!!汚い」

「ゆるしてくれるのか」

「オレに言ってどうする」

圭一郎は立ち上がった。風に当たりたくなったのだ。窓の側にある机に近寄る。そこは、さきほどとは打って変わって、清らかな風と陽光に満ちていた。

「うん?これは何だ?」

Alfred…….

「五線譜?・・・・?」

圭一郎が手に取ったのは、五枚に渡るスコアの群れだった。

 

 


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