『記念の緑scene020』
ここは、神奈川県は茅ヶ崎市内。波の音が秋夜を越えて、聞こえてくる。
中規模の駐車場に、まばらな車。そこに止まった青いスポーツカー。そこから、男女の会話が聞こえてくる。
「こんなところに、何があるんですか?」
「黙ってついてきな」
ひとこと断っておくが、背の高い後者が女性であって、前者が男性であった。
車のエンジンが止まると、同時に残暑の熱気が侵入してくる。ふたりは急いで、地上の人に舞い戻った。
「まるで水族館みたいなたてものですね」
「まるで、じゃない。水族館だ」
「だけど、こんな時間じゃやってないでしょう、アレ見て下さいよ、全然電気がついてませんよ」
「これからつく」
御幸は、圭一郎の手を摑むと、強引に進んでいく。その先には、一見カタツムリのような物体が存在した。夜目のために、よく見えないが、それは水族館であった。
「あ・・・」
圭一郎はカタツムリに、光の点が発生するのを見た。
あっという間に、電灯がつき、カタツムリは堂々たる建物になった。
「深夜経営の水族館なんてあるんですか」
「あるから、行くんだ」
二人が、三メートルはありそうな扉の前に行くと、機械的な音がして、同時に開いた。
「開いた」
「幼児じゃないんだから、いちいち、驚くな」
「なんだか、豪華ですね、まるで一流ホテルだ,
・ ・・しかし、なんだかなつかしい」
「なつかしい?」
御幸は訝しがったが、表には出さなかった。そのまま、建物へと進んでいく。この先に、何かの鍵があるかのように。
圭一郎は、館内を見回した。電灯は完全についていないために、ところどころ薄暗い。その様子は、中世ヨーロッパの城館を思い出させて、懐かしく感じられた。
数メートルはありそうな絵画には、魚族のたぐいが泳いでいるはずだが、電灯の過小ために、王妃、王族の肖像が書かれているように思えた。
「御幸!なんです!?こんな時間に!!あんな時間に電話もらって、驚いたんだんだから」
圭一郎が、思いに浸っていると、すっとんきょうな声が響いた。見ると、壮年の女性が走り寄ってきた。年の頃50になるか、ならないか、顔を拝むと、声に似ずに上品な容姿が薄闇に浮かんでいた。
「キレイですね」
「きみは思っていることを声に出さずにはいられないんだな」
女性は言葉を続ける。
「御幸ちゃん!もう、新しい恋人?」
「ちょっと違う次元ではそうかもしれない。伯母さん」
―――――――伯母さん・・。圭一郎は目の前の女性を見て疑問に思った。この女性は、たしかに美人だった、しかし、あくまで、御幸とは別種のそれだった。
(しかし、っていうことは、整形じゃないってことはたしかか・)
「何だ?私の顔に何かついているか」
「いえ・・・・・」
「何だ」
「いえ、さいきんの芸能人って90パーセント整形でしょう?」
「わたしがそうだって言うのか?わたしの場合声を整形してほしかったな」
御幸は、外見に似合わない、声を出した。
「まるでコトリの声だ。わたしには、すくなくとも似つかわしくない」
「驚きましたよ。オレも、最初に声を聞いたときには」
「御幸、従業員も大変なんですからね・・・文句が私のところに来るんだから」
「すいません・・・・さあ、行こうか、今日は深夜営業の日なんだ」
「あ・・すいません」
圭一郎が頭を下げようとすると、既に姿を消していた。
「ここは中学生のときから、通っている」
「・・・・・・」
薄闇の中に、四角い発光体が幾つも並んでいる。それに照らし出された立方体やら三角錐やらは、なにやら時間を超越したものを感じさせた。時間がここにしか、存在せず、外界は、時間の墓場にすぎないとさえ思われた。
照らし出された立方体や三角錐には、文章が書かれていた。言うまでもなく、魚の説明書だ。
発光体の中を覗くと、黄金色の踊りが見える。
「アジ?」
なんていうことはない、だれでも知っている魚だった。しかし、このような空間に展示されるとアジやサバやキンメダイなどが、特別な存在に見えるのだった。
「とてもキレイですね」
振り返ると、寂光に照らし出された御幸がいた。彼女は、ただ、そこに立っていた。そして、無心に魚を目で追っているようだった。
圭一郎は、いっしゅん声をかけてはいけないような気がした。それは彼らしくないことだった。
だから、次の瞬間、声をかけた。
「御幸さん・・・・」
「・・・」
「どうして、ここに連れてきたんですか」
それはあまりに率直な質問だった。そのために、答えに窮した。すくなくとも、圭一郎にはそう見えた。
「---――――こうして、夜にさかなたちを観ていると、とても落ち着く。だから、こっそり夜に入れて貰うんだ」
「従業員の人たちが大変とか、伯母さんは言ってましたよ」
「言っておくが、彼女は私の伯母じゃない・・・私の親友の伯母だ」
「でも、伯母さんって呼んでましたよね」
「気づいたら、子供のときからそう呼んでいた」
「話しは変わりまずけど、御幸さんって、世界を手にしているように思えます」
「-----――――――おもしろいコト言うな」
「素直な感想です」
「なんでも、自分に思うとおりになる・・・きみの言いたいことそうだろう?だが、私に言わせるなら、きみの方がそう見えるんだが ―――――――」
「・・・・」
「外から見ればそう見えるかもしれないが、意外と大変なんだ、『blood』を演じるというのは ――――――」
「自分には、御幸さんには他人が必要ないように思えます・・・・表現という意味においてですが」
「率直な意見はおもしろい。しかし、それは真実ではない ――――すくなくともいまは、目の前のきみを必要としてる」
「おそろしいコトをいいますね」
圭一郎は平静を装った。
「いままでの、私の行動を見ていれば、そう思われるのもムリないかもしれないが、音楽を創るという意味 ―――――――だが」
「オレは単なるアイドルですよ」
「本当に、そう思っているのか ―――――もちろん聞くまでもないことだが」
「オレは、アイドルさえ満足にこなせないヤツですよ、ようするにハンパもんです」
「あやつり人形をやることが、どうして音楽の才能と関係有るんだ ――――私はきみたちの実演と生を味わって言っているのだ」
「きみたち?」
「わかっているだろう?きみと ――――」
「レイですか!?オレは・・・」
圭一郎は、その名前を言うと、言葉を続けられなくなってしまった。
「周一もはきみのことをよく理解しているようだな」
「・・・・!!いくら、あなたとはいえ、そこまで言わせませんよ」
「・・・・・」
圭一郎は、色めきだった。が、いっしゅんで、それは萎んでしまった。
「すいません」
「謝ることないさ、それは当然だ。わたしは、きみのそんな性格を音楽人として愛したんだ」
「・・・・・・!?」
「いくら、あなたに言われても、オレはあいつと同じステージに立つつもりはありません!」
「よくわからないな・・・私は迷路にはまりこんでいるような気がするんだ。義之君を介して、きみらと関わり合うようになって、何か見えない流れに乗っているような気がするふわふわとね、まるで水族館のさかなのように」
「-----―――――――――――――」
「私にはきみらの不幸に、直接関係があるわけではない。しかし、ごく間接的に関係があるような気がする・・・・・ひとつだけ関係があるか、無いかわからないが、これは聞いておこう・・・石田典介って知っているか?」
「石田典介?」
圭一郎は、その名前を頭の中でなんども数えてみた。
そして・・。
「エ・?」
「彼は私の親父だ・・・・そして、『記念の緑』義之君の遺作になってしまったが」
「・・・・・!?どうして、それが出てくるんですか?」
圭一郎の動揺に、御幸は確信した。これに、何かがあるんだと。
「さきほど、おっしゃいましたよね。俺たちの不幸に関係有ると」
「それは共犯という意味だ・・・・・白状するが、あのときすでにFather landは崩壊寸前だったんだ。沙織との確執は出口が見つからなくなってしまった。そこで、私は水面下で動いていた。周一とバンドを組もうと・・・」
「・・・・!?」
「そこで、義之くんに近づいた。あのとき、彼と話をした」
「義之とですか・・・・・」
圭一郎は、大判の時計を見た。午前0時を回ったところだ。魚たちはそんなこと我知らずと泳ぎ続けている。彼等もまた、寝ることがあるのだろうか。
「もう、いいです話しましょう。事実を・・・・もう、御幸さんはいやらしい刑事みたいですね」
「警察といざこざを起こしたことがあるのか」
「いえ、そんなことありませんよ・・・いいですか?『記念の緑』は義之の作品じゃなくて、レイのなんです」
「・・・・・・」
「驚かないんですか」
「なんとなく、じぶんのなかで消化してしまった。ただ、わからないのはその理由だ」
「レイは、自分の能力を測って見たくなったんです。アイドルだ。何だと、少年と言われる年齢から、騒がれてきたんです。じぶんの能力と実力について、相当悩んでいたようです」
「私は、小さいときから悩んでいた」
「能力と実力についてですか」
「・・・・・ともかく、彼は自分の本当の能力が知りたくなって、名前を借りたということか」
「はい・・・・」
「そういうことになると、合点がいく場合もある・・・知性だ・・・ふたりは根本的に知性の成り立ちが違うような気がする。周一が創造で、義之くんは、物事を体系的に組み立てていくようなかんじかな・・・・もちろん、たった一回出会ってはなしただけの印象にすぎないが」
「本は読まれたんですか」
「ああ」
「オレは生まれてはじめて本を一冊読みましたね」
「感想は」
「よくわからない・・・・オレに言わせれば、単に一言、叫けば終わりじゃんって感じですよ」
「なんて」
「くそったれ!!ですかね」
「・・・・たしかに、あれは芥川龍之介だったかな、「小説というものは、たった一行で済むものをたらたらと書いた物だ」とは言っていたが、それはあまりもあまりだな」
「・・・・」
「しかし、事情はわかった。周一はそれで悩んでいたんだな」
「あいつは悩めはいいでしょう?義之のヤツは死んじまったんですよ!オレはあいつを許せませんね・・・それは、オレだって同じことを思ってましたよ・・・全部ぶっ壊したいってね。全部嘘なんですから、観客の騒ぐ声も、社長の作り笑いも・・・・芸能人と称するピエロたちの醜態も・・・・あいつらと同じマネをさせられたんですよ!一言でいえば見せ物です・・・・人間としてのプライドが一片でもあったら芸能人なんてやってられませんよ・・・・とくにお笑い芸人なんて、あいつらなんて、全国の小学校のクラスを覗けば、一クラス、一組はいますよ・・・ああいう手合いは・・まさに猿ですね・・・・・でも」
「しかし、きみはただ怒ってただけだろう?何かをやろうとしたのか?その才能で」
「・・・観客に向かって、火炎瓶でも放り投げろって言うんですか」
「・・午前二時か・そろそろ、時間だ・・・・点検の職員がくる・・鉢合わせすると問題だ」
「伯母さんはどうなんです」
「彼女はいちおう、職員のひとりということになっている。ただし、取締役のひとりだけどな・・・だから、こんな時間に潜り込ませてもらえるんだ」
「何か、資格でも持っていらっしゃるんですか」
「そうらしい」
御幸はそう言うと、外へと、圭一郎を誘った。圭一郎は、巨大な何かの墓場を後にしたような気分がした。