『記念の緑scene019』
赤木圭一郎はらんきち騒ぎの中にいた。男は、ただ一点だけを食い入るように見つめている。彼の周囲の者どもは、座席から立ち上がり、この暴力的で性的かつ闇黒的な音楽に、身をゆだねているというのに・・。
----―――――ここはSacrifice 42というライブハウスである。規模としては中程度の、そう、圭一郎が見つめている人物が、出演するような舞台ではなかった。
圭一郎の強烈な視線の先には、Bloodがいた。ロックバンド、Father land当時と同じ名前で、そこに立っていた。そして、ひとりで、この舞台すべてを支配していた。シノイキスモスというバンドの名前は、いちおう、立ててはいるものの、彼女以外のメンバーは人形のような存在感にすぎない。単なるヴォーカルとしての記号。ギターとしての記号、ベースとしての記号。ドラマーとしての記号・・・。
--――――赤や青の閃光。上下左右から発射される光は、音速の88万倍の速度でメンバーに衝突する。その量は、bloodと他のメンバーと変わらないのにも関わらず、ただ一人の人物にフォーカスしているようにしか見えない。
「Blood !」「Blood!」 「Blood!」「 Blood!」「 Blood!」
それは、ナチス時代のドイツ人を思わせる連呼だった。しかし、呼ばれた方は、いっさい表情を変えずに、ギター、あるいはピアノの演奏に入り込んでいる、その姿は孤高を思わせた。四人のメンバーのだれともこの空間を共有せず、ただ、ひとり、楽器の中に埋没しているようだった。
---―――観客たちは、しかし、その孤高の姿こそに、自らの先導者を求めているのだった。それは、ちょうど、宗教における教祖のような・・・・・・である。
「Blood !」「Blood!」 「Blood!」「 Blood!」「 Blood!」
この狭苦しいライブハウスは、その声、一色に染まりあがっていた。彼女は、まるで狭い檻に閉じこめられた猛獣に見えた。その才能、その存在感はどう考えても、この会場は狭く、彼女を入れる器を持ち合わせてはいない。そして、何よりも、バンドのメンバー四人が、彼女と演る能力、いや、支える技術さえないのが、見て取れるのだった。
(ちえっ!あのひとはいったい、何をやっているんだ・・・・これじゃ、あの四人が可哀相だ ――――特に、あのヴォーカル)
圭一郎は、bloodの目の前で、声を震わせる人物を見た。
(沙織さんのコピー?そんないいもんじゃないなアレは、音大の卒業記念講演っていう程度だ)
圭一郎は、じぶんの彼女の講演を思い出していた。彼女は名のある音大生だったのだ。
-------――――たしかに技術は正確だった。しかし、学校の音楽の教師の演奏のように中身がない、他人を感動させる要素は何もない。
(御幸さん、あんた、残酷だよな・・・わかってやっていたらもっと悪魔だ ―――このひとたち、見せつけられているんだぜ・・「自分は才能ないんだ」ってね)
圭一郎は、蛇のような視線を、ただひとりの人物に向けて、射続けた。
---―――bloodのほうでも、それに気づかないはずはなく、ライブの最後で、少年を睨め付けながら、舞台を後にした。
---―――圭一郎も会場を後にしようとすると、会場に音声が流れた。
「お客様、毎度ダイエンマーケットにご来場いただいて、ありがとうございます。お客様のお呼び出しをいたします、赤木圭一郎さま、娘さんがお待ちです。いらしたら、被服売り場にいらっしゃってください・・」
圭一郎は転びそうになった。
気が付くと、目の前にタキシードの紳士がいた。
「赤木圭一郎さまですね、こちらにいらしてください」
「待て、お前さんは、自分の身分も明らかにせず、そして、何処に誘うかも明らかにしない相手についていくのか」
「いえ、自分はbloodさんの会社員でございます、楽屋に案内いたします」
少年は、男に付いていった。コウフンさめやらぬ観客たちは、互いに、パフォーマンスのスバラシさを確認しあいながら、会場を後にしていった。
「やあ、Alfredくん」
「御幸さん・・・・あのアナウンスは何です?自分には娘なんていませんが」
「人間、一年にいちどぐらいは必要だよ・・・あれくらいはね。関西の空気を吸うと人間だれでもそうなるようだ」
御幸は、圭一郎に目で合図すると、ライブの疲れをいやすように、両手で目を覆った。
------――――ここは、楽屋である。壁は、薄い緑に統一されていた。薄暗い証明は、ライブの疲れを癒してくれる。
さきほどのタキシードの紳士たちが、楽器類やその他の世話をしていた。
御幸は、あれやこれやと指示を始めた。楽器は生き物であるとのひとつの主張なのだ。
しかし、それは上に位置する者にありがちな、居丈高な態度ではなかった。
「―――――お願いします」といった感じにあくまで丁寧なのだった。圭一郎は、それがあくまで意外だった。
(どうやら、オレはこの人をまだ知らないのだな)
圭一郎は、そう思わざるを得ないのだった。
「何処かで見たことがある人ですね」
メンバーの一人が言う。例のヴォーカルである
「何を隠そう、あのCrystalsのAlfredだ」御幸が紹介をする。
「え?あのアイドルグループの?」
誰かが言ったそのことばが、圭一郎の気に障った。
「そうですね、僕たちの音楽はあくまでアクセサリーですから、本気で演っておられる皆様と違います―――――」-
(ほう?)
御幸は、事態をおもしろく観ていた。これから、どうなるか?多少意地悪なカオに美貌をしかめてみた。
「いや、そんなこととは・・・失礼だぞ」
例のヴォーカルである。圭一郎は部屋に入ったときから、この男の優等生ぶりにはむかついていた。そのハラをあきらかにしてやる。圭一郎は密かにいきまいた。
「ヴォーカルの方ですか?御名前を承りませんが―――」
「Undoです」
「では、Undoさん、シノイキスモスを組むに当たって、御幸さんにこれを渡されたんでしょう?この通りに歌うように、よく歌えていましたよ、カラオケとしては・・・・」
圭一郎は、ポケットからコンパクトディスクを取り出した。Father landのファーストアルバムである。
ひらひらさせて、ディスクを反射させる。そのキラメキは、四人にとってこう言っているに等しかった。
“Fuck your mother! ”
圭一郎は、傍らにあるCDプレイヤーに、その虹色の円盤を填めた。
---―――機械から流れてくる音楽。特に、その完全とも言える沙織のヴォーカルがUndoのプライドを傷つけた。
彼等間で。それは完全なタブーだったのである。シノイキスモスを組むに当たって、御幸はヴォーカルのUndoに注文をつけなかった。ただ、彼にオリジナルティを出すだけの資質がなかっただけのことである。
御幸の無言の圧力。メンバーはそう呼んだ。
彼女の絶対的な存在感と圧力は、メンバーに徹底したFather landのマネゴトを強要した。けっして、それは御幸の意図をしたことではなかった。
シノイキスモスの始動と、その経過において、さんざんに自己の無力を実感させられているメンバー。それゆえに、彼らの触っては行けないばしょに、土足で触れてしまったのである。
一触即発の空気が、充満する。
「・・・・・・・!!てめえ」Undoは、簡単に素肌を見せた。
(なんだ、こいつこの程度か?おもしろくないな)
圭一郎は、せせら笑いながら、Undoを見た。長い髪に、濃い化粧。まるで、90年代に一世を風靡したロックスターの模造品そのものだった。
---―――御幸はしかし、苦笑ばかりしていられなかった。圭一郎のメッセージがじぶんにも向けられていることを悟ったからである。しかし、それを容易に表にしめさなかったが・・。
(何を遊んでいるんです?)圭一郎は、たしかにそう言っていた。それが、御幸にとって頼もしくもあったが、苦い味も感じさせた。
圭一郎の一直線で暴力的な性格。しかし、バカではない。御幸は。彼の音楽的な才能と相まって、かなり気に入っていた。
すでに、ロック界で伝説となったじぶんの名前を使って、集めたシノイキスモスのメンバー達。彼等と完全に違う点が、圭一郎にはある。
(あはは、まるで、マフィアのボスだな・・・・彼の目にはそう言う風に見えるのだろうか)
御幸は、じぶんが置かれている立場に、隔靴掻痒を感じた。
しかし、この場を収める能力と責任が彼女にあるはずだった。
「てめえ!」
その間にも、じたいは明らかに悪化していた。
Undoは、圭一郎の胸ぐらを摑み、いまにも殴りかかろうとしていた。しかし、圭一郎は冷めたカオで、Undoを見上げている。
――――――――――御幸が誤算だったのは、かれらがあくまで少年だと言っていい年齢だったことである。
「まあ、まあ」
御幸としても静観していられなくなった。Undoの腕を上から押さえ込んだ。そして、すでに発射してしまった圭一郎の拳を押さえ込んだ。
圭一郎が驚いたのは、女性におのれのパンチが塞がれてしまったことだけではない。
御幸の身体の動きに、いっさいの無駄がなく、律動が感じられなかったことだ。あくまで優美だった。
「?!」
Undoは、ふいに引き下がった。きらきら反射するライブ用衣装の下に、女性を感じたからである。
完全に忘れ去っていたことであるが・・・・・。
(この人、女性なんだ・・・・)
一方、御幸は完全にピエロと化しているじぶんを嘲笑していた。
「ここまでのツアーで疲れたろう、今日はここまでにしよう」
御幸の言葉でメンバーは、部屋を去っていった。
Undoはじぶんの感情をうまく処理仕切れず、ヤクザまがいの捨てぜりふを残していったが、圭一郎は相手にしなかった。さすがに、御幸が怖くなったのである。
感情を顕わにしない御幸のたいどにかえって、畏れを為したのだ。
「---―――――御幸さん、ごめんなさい」
「いや、私も大人げなかった。しかし、懐かしいなこのCD・・・皆まで言わなくてもきみが何が言いたいかわかる」
御幸は大きく空気を吸った。煙草まみれのいやな空気だ。彼女は煙草が嫌いなために、メンバーはだれも煙草を銜えないが、元々、音楽好きの連中は煙草が好きらしい。薄緑の壁のあちらこちらに煙草の脂が見て取れる。
「どうして、こんな小さなライブハウスで演ってるんです」
圭一郎が、言おうとした瞬間、タキシードの紳士がやってきた。御幸の指示を仰ぐためである。
「・・・・・・・」
「ごくろうさま」
なにことか、告げると男の去っていった。
「機材車の件さ・・・・よくやってくれている。Father landを終えていらい、こういうことはじぶんたちでやらないとね」
「でも、ここは良い雰囲気ですね・・オレもこういうところからスタートしたかったです」
「いちがいに不幸ともいえないぞ・・・・どのタイミングで、どのバンドが抽出されるかわからない―――――それは個人の才能や技量の如何に、必ずしもよらないんだ
―――きみら二人は、たまたま容姿がピックアップされただけさ」
「外面ってことですか」
「磨かれていない音楽性は、容姿の端麗さと同じさ―――別に驚くべきことではない ―――――――才能なんてものは生まれつきのもの――――――問題はその後だな、腐らせるも咲かせるも―――――――」
「見てくれの美しさは、音楽的な能力と変わらないということですか」
「そうだな、シノイキスモスのメンバー、さっき、きみが罵倒したUndoだが、音楽に対する愛情と理解はきみよりも優れているな。 ――――――――ただ、教師以上の才能はないな」
「それを知っていて使っているなんだ、残酷じゃないですか」
「そうは言うが、ヴォーカリストなんてそうはいるもんじゃない」
「沙織さんですか」
「あいつは私にとって、ヴォーカリストではない」
はじめて、圭一郎は、御幸のこんな表情をみた。この話題はこれ以上続けないほうがいいと判断した。
「・・・・・・・」
「まあ、いいか、こんなところじゃ気分もよくないだろう、とっておきの場所を教えてやる・・・・いいからついてきな」
そう言うと車の鍵をちゃらちゃらさせた。