『記念の緑 SCENE010』
最上義之が死んだ。まだ18歳の誕生日を迎えたばっかりだった。この若さでアイドルグループのマネージャ足りえたのは、5人の推薦があったからこそである。
そして、crystalsがその実力を発揮できたのは、義之あってこそだった。
彼こそ、第6のメンバーだった。
しかしながら、彼が死んだだけでマスコミやファンが騒ぎだすことはなかった。
彼は、その若さで、文芸界の登竜門と呼ばれる芥川賞を取っていたのである。
『記念の緑』は、いじめを個性的な視点で、捉らえた秀作で、時代現象となっていた。
義之は、時代の寵児となっていく過程で、その命を終えてしまった。
しかも、急性アルコール中毒という原因は、数知れぬ憶測を呼んだ・・。
マスコミはあらぬことを書き立て、世情をあおり立てた。
「どうして、新人作家は、アルコールに溺れたのか?」
「crystalsのヴオーカル、レイとの道ならぬ恋・・・」
「伝説のロックバンド、FATHER LAND のギターリストBLOODとの血塗られた三角関係」
「BLOODの美少年狂いがこの事件を起こした」
などとセンセーションにことをあおり立てた。それは、ほぼ錯乱状態にまで陥ったレイに良い影響を与えるはずはなかった。
レイの親戚である精神科医は、彼をじぶんの病院に隔離することを提案した。
「周一郎を外界から完全に隔離するのや。彼にいま一番必要なのは、完全な安静やで、肉体的にも精神的にもな」
まだ、太陽はのぼりきっていない。しかし、暑さの残る秋の日差しは、それなりに強烈だった。それは、義之の生の残照のように思えた。
ここは、レイの実家。栃木県は、宇都宮に住居を構える北家は、この県では有数の旧家である。
ちょうど、家屋を建て直した直後で、まだ新築の匂いに満ちている。しかし、一同は、そんな気分に浸っているばあいではなかった。
精神科医は、話を続ける。
その話に耳を傾けるのは、レイの両親である北愛太郎に沢子。そして、兄である孝太郎。妹、美樹、弥生。
Alfredたち、CRYSTALSのメンバー四人。
それに事務所の社長に、社員、数名が神妙な顏で、加わっていた。
「兄(あん)ちゃん、義之くんは、あいつにもわしたちにも、本当に家族そのものやった。それを失ってしまったのやから・・・。」
愛太郎は、困り果てた様子だった。
彼は、あんな息子の様子を見たことがなかった。家族が相手でも、あまりじぶんの本性を見せない子だった。
常に冷静な息子だった。気持ち悪いくらいに・・・・・。
「圭一郎、マスコミが騒いでいるBLOODとの関係ってどういうことなんだ」
いままで、黙りこくっていた孝太郎が、突然切り出した。
「それはみんな嘘だ!」
Alfredが叫んだ。
「孝兄は、そんなのを信じるの!?」
「だが、気になる・・・ロックのファンに聞いたんだが、BLOODっていう女性は、とんだ美少年狂いらしいじゃないか・・・・ヴォーカルが気に入らないからって言って、バンドを何個も潰したとか?」
「それは半分は正しい。ただし、ヴォーカルの話なんだ。あの人の理想の男性ヴォーカルがいないのがいけないだよ。純粋に音楽性の問題。あの人の楽器になれる男性ヴォーカルなんていないのかもしれない」
「で、いまは?」
「SKELTONっていう女性ヴォーカルと組んでいる。たしか幼馴染らしい」
「そんなことはどうでも良い、彼女が周一郎に手を出したっていうのは確かに嘘なんだな」
「・・・・・・・・」
「おいっ! 佑太、どうして返事をしない!!」
「孝太郎、冷静になりや」
「叔父さん・・。」
犬嶋正沖が言った。彼は関西にある精神病院の院長をしている。レイの叔父に当たる人物である。
「とにかく、いま肝心なのは、周一郎の治療や。それに付随する大問題は、どうやって大阪まで、運ぶかということだよな」
正沖はあたかも、自分の主張が通ってかのような言い方をした。
「マスコミの寄生虫どもか・・・」
Alfredは吐き捨てるように言った。
彼が言い終わる前に扉が開く音がした。
「僕は、入院なんかしませんよ、叔父さん」
扉が開くと、みんなそちらの方向を向いた。それは、かすれてはいるが、とても。透き通った声だった。
レイが立っていた。顏は青ざめていたが、しっかりとした話し方だった。
「周一郎」
「周ちゃん」
「兄貴・・・」
めいめいが、それぞれの呼び方で呼ぶが、みんな、彼を気遣っていた。
その気遣いの方法に血違いはあったとしても・・・・・。
そのベクトルがじぶんに向かっているのか、彼に向かっているのか、割合の問題である。
人間に100パーセント利他も利己ということもありえない。
レイはみんなの思いに挨拶を始めた。それはとてもよそよそしい感じで始まった。
「・・・みなさん・・・お集まりのところ・・この周一郎は・・・・」
「おい、大丈夫か・・・」
Alfredが近寄って行った。義之があんなことになる前は、彼が気遣う空間はなかった。
「おじさん、僕は入院しませんよ。」
「周一郎・・・」
「みなさん、悪いが、四人以外は席を外してくれませんか?」その四人がメンバーであることは明々白々だった。
―――――――――――。
何人分もの影が、ゆらりゆらりと部屋を後にする。
レイにはそのようにしか見えなかった。しかし・・・・。最後に、美樹と弥生に目があった。
その目は兄を心配しているのが見て取れた。
「兄貴・・・」
「美樹、弥生、ちゃんとお前たちには話してやるから」
レイは立ち去ろうとする妹たちの背中にことばを投げかけた。
部屋には5人だけが残った。5人だけになるとい、いかにこの部屋がいかに広いかがわかった。
――――――――――。さて、そのころBLOODはパルマーニの中にいた。軽快なエンジン音は、この車の特徴である。高級イタリア車の代表のようなパルマーニは、一車、一車が、職人の手製なのだ。それから引き出される効果は、まさに芸術品である。
ハンドルの操作性といい、エンジンの調子といい言うこと無い。
しかし、運転者の心持ちは、それを反映していなかった。
同席者がいたのである。
通称、SKELTONと呼ばれる女性は、ロックバンド、FATHER LANDのヴォーカルである。ギターのBLOODと並んで主要メンバーである。
バンドを組んで7年、ほぼ日本ロック界の最高峰を歩んでいると言っていい。
1990年代の始め、伝説のロックバンド二つが、ロック界を率いていた。両者は互いに、争うことも直接関係を持つこともなかった。
ただ、その二つのバンドは、存在するだけで、他を圧倒していた。
そして、無意識のうちにロック界を支えていたのである。
それだけの実力を有していた。
しかし、その後を担うバンドがなかった。
他方のバンドはあっという間に解散し、もう一方のバンドはマニアックに走って行った。
2000年代に至って、このバンドは孤高の位置を保ってはいるが、嘗ての勢いはない。
もっとも彼らに、そのようなことに対する興味がなかったのも事実ではあるが・・・・。
危機に頻したロック界を救ったのは、Father landである。非常に月並な言い方になるが、彗星のように現われたのである。
主要メンバーのbloodとskeltonはともに、女性だった。
それはこの世界において、珍しいことだった。
bloodは、破天荒な性格と言われ、バンドを潰すのが趣味で音楽を演っていると言われた。
事実、Father landを組む前にいくつバンドを潰したかしれない。
それぞれのバンドにはある共通点があった。それは低音の美声を誇示する美形ヴォーカルの存在だった。
bloodは男を変えるようにバンドを変えると言われた。事実、美形ヴォーカルたちの何人かとは、性的な関係があったのも事実である。
そんな破天荒な性格とはいえ、彼女と音楽を演りたいという連中はいくらでもいた。それは彼女の美貌と特異な音楽性だった。
それはまさにカリスマだった。彼女の音楽は、邦楽を基礎としていた。邦楽と言っても、ナントカの林檎などを思う浮かべてはならない。
ショウや、ひちりき を使う日本古来の音楽である。bloodの親戚に古楽を担う者がいて、彼から伝承したと言われる。
それを基にしたロックは、ロック界に新風を引き込んだ。
邦楽と言われる音楽のイメージを180度変えたのは彼女たちであると言っていい。
かつて、三味線を聞いて、誰が単純にかっこいいという形容詞を使っただろう?
いま、それに意を唱えるものはいない。
若者たちは、こぞって三味線を買い求めた。高額であるショウやひちりきには手がまわらなかった。とある楽器の会社が、三味線の大量購入に走ったぐらいである。
一方、skeltonはクラシックの声楽歌出身だった。将来を嘱望されたが、幼馴染であるbloodに誘われて1も2も無く、okと言った。
「お前、いいのか?そんなに簡単に返事して」
bloodがいぶかったぐらいである。
じっさい、もう飽きていたのである。
「何百年、同じものを演れば住むんだよ、もう、モーツアルトもバッハも墓で安らかにさせてやればいい」
skeltonの発案で製作されたのが、コンセプトアルバム。『モーツアルトとバッハの葬列』だった。
ファーストアルバムは、怒涛の売れ行きを示した。
まさに低調を極めたロック界を救ったと言われた。それがちょうど7年前のことである。
――――――――――――――。
まるで、一流のドラマーの演奏のようなエンジン音
それをバックにして、ふたりは、同じことを考えていた。そう、ふたりの脳裏には、じぶんたちの歴史が、まるでビデオのように流れていたのである。
ふたりは、いまある場所に向かっている。それはふたりが初めて会った場所である。
そこから、father landの歴史が始まったと言って良い。
目的地は、参内女子学園。ふたりの母校である。明治以来の名門校であるが、その由緒ある校舎が取り壊されると言うのだ。それを惜しいと思う者たちは、署名活動を行ない、相当数の反対意見を得ることができたが、取り壊しを止めることはできなかった。
本日は、まさにその日である。
ふたりはそこに向かっている。それはskeltonの発案である。
「マスコミがうるさいぜ・・・ファンもいるかもしれない」
「ちゃんと学校と連絡はとってある、マスコミは完全にシャットアウトしてもらう。それに、そんなにファンが怖いのか?御幸ちゃん?」
「・・・・・」
「やましいことがあるんだろ・・聞いてやるから、黙って付いてきな」
「紗織!どうせ、運手するのは私だろ!?」
そんなやりとりがあって、車は走りだした。
ふたりの視界になつかしい映像が開けて行く。何処にでもある陸橋やコンクリートの建造物が、やけに感慨を持って迎えた。それら、無機物にすぎない物体が、意思を持って、ふたりを歓待しているように思えた。
(あの陸橋を曲がると・・・・)
bloodは太陽光線が、大きな何かに遮られるのを感じた。
学園に入るには、巨大な森を通過せねばならない。校門のはるか前まで、森はせり出しているのだ。まるで世俗から少女たちを護るように、その森の入り口には、白亜のマリア像が立っている。
ここまで来たとき、bloodはおかしいと思った。何の工事も行なっている様子はないのだ。校舎の解体作業はすでに始まっているはずだ。
その様子をちらっと見て、別れを惜しもうという趣向ではなかったのか?
「紗織、なんかおかしくないか」
「なにもおかしくない。みんな予定通りだ。なにせ、本当の解体作業はあしたなんだからな・・・お前本当に当日に行くつもりだったのか?そんなことになったら、マスコミやファンの奴らが、どんな反応するのか、考えてもみろ」
「・・・・・・どういうつもりだ」
「いいじゃないか・・・あ、校門だぞ」
校門には守衛がいる。紗織は、ウインドゥを開けると、生徒手帳を示した。
定年は既に迎えたと思われる老人だ。ふたりは、彼に見憶えがあったが、彼のほうではなかったようだ。当たり前だ。卒業生の数を考えれば、わかるはなしである。
「卒業生です。こちらは母親です」
「紗織、殺されたいのか?」
「冗談だ。冗談を理解しない奴は嫌われるぞ」
「もう、十分、嫌われ役を演っている」
車は再び、転がりだした。
「で、紗織ママ、いったい、何の話だ?」
「教室まで行こう・・御幸」
skeltonは車から出た。
強烈な残暑が空から降り注いで来る。大きなサングラスを胸ポッケから取りだす。
一方、ここは、レイこと北周一郎の自宅。12畳の応接間である。
そこに、Alfredの叫ぶ声が響いた。それは隣室に控えている家族や親戚、それに事務所の社長たちにも聞こえた。
「――――――!!、お前!それは本当のことなのか!?」
Alfredはレイの胸倉を掴むと、いまにも彼を殴ろうとする体勢を取った。このとき、Alfredは、レイの軽さに驚いた。
まるで、枯れ葉のようだった。
「やめろ!Alfred」
ベースを担当するshadowとドラムのhがAlfredを取り押さえる。―――――――――――――――。
まさに一触即発の空気が充満していた。
家族たちや社長たちが、目にしたものは乱闘が始まりそうな、瞬間だった。
「やめないか!!何をやっている」
誰かが叫んだ。
Alfredは、既に闘争心を失って、床にしゃがんでいた。それは、不戦勝のボクサーの背中にように淋しげだった。
「なあ、レイ、オレは情けないよ・・お前にとってCRYSTALSって何だったんだ・・それだけじゃない・・・・・そのせいで、義之を死なせてしまった」
5人以外には、Alfredのことばの意味はわからない。
「お前など、もう殴るにも値しない・・・」
Alfredはそう言うとレイの自宅をあとにした。
「ふっ・・はははは」
レイが笑いだした。一同は、彼がおかしくなったのだと思った。
その笑いは、なかなか止まらなかった。