『記念の緑 SCENE009』



義之のマンション。午前2時。窓の外のネオンサインに眠る時間は来ない。年中無休だ。
明かりは、ネオンサイン頼み、闇の中にふたつ、影が浮かび上がる。
言うまでもなく、義之とレイである。
義之は、昼から飲み続けて、完全に肝臓が消耗していた。
「もう死にたい・・・」
「おい、あまり飲み過ぎるなよ・・・明日仕事だろ?」
レイは長い髪を女性のように、掻き揚げた。
「・・仕事?伊藤アンナの相手をするのが?アイツ超能力あるんだよ。
あいつ言ったよな「お前は、大切なひとを裏切っている!!」って」
それは、一週間まえ、伊藤アンナショーに出演したときのことだ。
芥川賞作家である円周作が逮捕されて、降板したが、そのかわりに指名されたのが義之だった。
新進作家として、もてはやされた結果である。 義之が出演した初日、開口一番こう言われた。
「お前は、大切なひとを裏切っている!!」と。
しかも生放送で、カメラの向こうには、視聴率27パーセントが監視していた。
義之にはそのように見えたのだ。
それからだ、義之が酔い潰れるようになるのは・・・・。
最上義之は、完全に消耗していた。精神のエネルギーが無くなって行くのが、まるでボウグラフが減るように見えた。
それは、義之が馬鹿でなかった証拠である。いや、それがために、彼を苦しめることになってしまった。
まさかの芥川受賞が、彼の人生を180度変えてしまった。さいしょは表舞台でに出ることを渋った義之だったが、じぶんの内外からの力によって、それが出来なくなってしまった。
じぶんの外からの力とは、レイやAlfredたちCRYSTALSのメンバーたちにマスコミ。
そして、じぶんの内側からの力とは、何か?
それは義之が常に夢に見る、高校時代のことである。
彼は、マウンドで白球を追いかける青春を過ごしていた、ナンバーワンとはいかないまでも、ナンバーツーの位置を占め、常に監督の信頼を得ていた。 彼よりも上位を占めていた選手は、プロ野球入りが当然と嘱望され、事実、そのとうりになった。
義之もよもや、と言われていたが、それは実らなかった。 向こうに、彼の実力を見定める目がなかったのか、才能がなかったのかは、いまだにわからない。
「じっさい、やってみなきゃわからないよな」
それが、酒を飲み過ぎると言いはじめる台詞だった。
「もしも、いっそのこと肩でも怪我していたら、諦めがついたかもしれん」
プロ野球の夢がついえたとき、側で輝きを始めていたのは、レイだった。
義之は考えた。
「こいつの影になろう。オレだけがこいつのモロさを知っている」と。
義之の失敗をじぶんのことのように、泣き続けるレイを見て、そう思った。
「だんだん、泣いているお前を見ていると、冷静になっていくのがわかったよ、オレはお前に救われた。
だから、お前に恩を返す。お前の影になって、お前がスターになる手伝いがしたい」
あとになって、義之は、蒼い光に照らしだされながら、述懐していた。
そのときは、当然のことながらグラスを傾けていた。その中には琥珀色の液体に氷が浮かんでいた。
しかし、彼は青春時のキラメキが忘れられなかった。いちど、スポットライトを浴びた者は、その魅力を一生忘れられないと言う。
義之もその例外から外れなかった。
『記念の緑』はまさに、義之の心象風景のデッサンであり、義之そのものだった。たぶんに義之の台詞が使われ、義之の思想が生きていた。
「オレはカンチガイしてしまったんだ!あの作品がオレが描いたものだと!!!」
レイはかって、親友の吐いたことばが忘れられない。脳細胞の隅々にまで刻印されてしまったかのようだ。

「ゆ。許してくれ・・オレはどうしたらいい?」
レイは酔い潰れた義之を見て言った。
「才能って一体、何なんだ?能力って何なんだ?努力で何とかなるものなのか?」

「オレはなあ、お前と同じ能力でよかったんだ。それなら友情をちゃんと全うできるだろう?どちらかが傷つくことなく・・・」
白皙の美貌が濡れていた。長い睫が涙で濡れて、光っている。
「お前に本当に、芥川賞でも直木賞でも、すばるでもなんでも取ってほしかった。お前なら取れるはずだ!オレはそれを潰してしまったのか?」
レイは、義之のこけた頬を撫でる。不精髭でざらざらしていた。それは小さいとき父親に頬擦りされたときのことを思いだした。
うっとおしい半面、頼り甲斐がある不思議なきもち。
「人間の能力は千差万別だよな。美しく生まれて、スポットライトを浴びるだけが才能じゃない・・。
いったい、誰がどの能力がスバラシイなんて決めるんだ。すくなくとも、それは人間じゃない・・。そうだろ?義之?え?義之!!!」
レイは、義之の頬を触った。そして、そのあまりの冷たさにぞっとなった。
「ーーーーー。そうだ!病院!!病院!!」
レイはすぐに救急車を呼んだ。
栃木に住んでいる義之の両親に一報。
同時にメンバー四人と嵐山蒼山にも連絡を取った。誰かにすがりつきたかったのである。
すぐに救命隊員が来て、義之を運んだ。
「あなたは家族ですか?」
「そうだ。」
レイはすぐさま答えた。
「あとの人は?」
「オレたちは・・・・。」 「みんなは後から来てくれ、連絡する!」
義之を乗せた救急車は、病院へと搬送された

祈るような気持ちで、レイは義之を見守った。医者は、義之を急性アルコール中毒だと診断した。
「おまえが死んだら、オレは生きて行けない!オレは・・・」
そのとき、義之の胸から音楽が流れて来た。ショパンの『別れの曲』だった。
縁起が悪いと思う暇もなかった。
それは携帯だった。
携帯の向こうからは、レイの予期せぬ声が聞こえて来た。それはまるで女子中学生のような可愛らしい声だった。
「もしもし、最上君か?石田だが?」
「もしもし、あなたは誰です?」
「その声は・・・。レイ君だね?私は、石田御幸だ。わからんか?FATHER LANDのBLOODだ。」
声とは裏腹にその話し方は横柄だった。
電話のむこうを疑う暇もなかった。
「な・・・。そんなことを言っている場合じゃありません!義之が倒れたんです。いま、救急車に乗せられて・・・・」
レイは相手がほとんど初対面にもかかわらず、泣き出していた。
そして、何故、じぶんの声がわかったのかも不審に思わなかった。
「病院は何処だ?付いたら知らせてくれ?いや、いま何処にいる」
「東京都・・・区・・」
「それは最上くんのマンションに近いのか?」
「はい・・・じゃあ、そこいらへんに車を回してみる」
「・・はい」
携帯が切れた。
「何故、あのBLOODが?」
その疑問は長く続かなかった。義之のことで頭がいっぱいだったからだ。
ようやく受け入れ先の病院が決まった。
その病院は都立病院だった。
ベッドの巨大病院である。建てものを見たとき、レイはぞっとした。宮殿のようなそのたたずまいは、頼もしく思う前に、ぞっとさせたのである。 すぐにメンバーと嵐山。そして、BLOODに連絡を取った。
石田御幸・・・。
それがあのBLOODの本名だった。


義之はICU に入れられた。
 ここは、病院のロビー・・・・。深夜のこの時間、だだっ広いこの空間はまるで、古代の大宮殿のようだ。
7人以外に、誰もいない。
レイは凍り付いたようになって、メンバーの問いにもいっさい答えることができない。ソファに座って、頭を抱えている。
そこにBLOODがやってきた。
息を切らしている。
長身の人物を見つけたとき、メンバーと嵐山は、じぶんたちの目を疑った。
「・・・君らはCRYSTALSだね?最上くんの様子はどうだ?」
「・・・BLOODさん?どうして?あなたが?」
いくらAlfredとは言え、有頂天になるはずはなかった。目の前に憧れの人がいるとは言え、じぶんの家族同然の人間が瀕死の状態なのだ。

 Bloodは背後に控えて、事態を見守っていた。じぶんは前に出るべきではないと判断したのである。車の鍵をチャリチャリと鳴らす。
愛車のパルマーニの方向に歩み出したとき、後ろから声がした。
「すいません、bloodさん・・・」
Alfredだった。
不信の目を向ける。相手がいかに憧れの相手とはいえ、どうしてここにいるのか?それはありえない話だった。
当然、疑問に思った。
それは、義之が、彼にとって家族と同一視すべき存在であるからだ。  「最上くんとは、1年ほどまえに、明光出版の編集部で出会った。それから友人つきあいをさせてもらっている」 「でも、それにしては・・・」 「Alfredくん、妙なかんぐりをするものではない・・・そういう関係ではない・・ただ、私は、彼がこうなったことに関して、責任を感じてる者だ」
Alfredはbloodの回りくどい言い方についていけない。なんといってもまだ高校を卒業したばかりの少年に過ぎないのだ。
「石田典介を知っているか?彼は私の父親なんだ」
「いしだ?それは誰です?」
「そうか、何も知らないのか・・」
会話を中断させたものは、一台のタクシーだった。タクシーは三人の客を吐き出した。
最上敏郎、幸恵は、義之の両親、そして、陽菜(ひな)は二つ下の妹である。
「陽菜ちゃん・・・おじさんにおばさん・・」
「太郎くん、義之が倒れたって・周ちゃんから連絡があったんだけど・・どこに」
「はい、おばさん、いま、義之はicuにいます。とりあえず、ロビーにいらしてください」
「ICUだって?」
「急性アルコール中毒です」
敏郎は、ただならぬことが起こっていることを察した。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
陽菜は絶望的な声を上げた。  「だから、東京に出すのは反対したんだ!まだ高校を卒業したばかりなのに・・・いくら、芥川賞をとったからって、そのまま通用するわけじゃない・・そんなに世の中甘いもんじゃない」 「あなた・・・・」 Alfredがそばにいることを察して、たしなめる幸恵。
「お前は落ち着いていられるな!!息子が死に掛けているんだぞ」
「え?お兄ちゃん死んじゃうの!?」
陽菜は、目にいっぱい涙を貯めていた。
 ふんぜんやるせない敏郎は、その怒りをたまたま眼が合った大人に向けた。Crystalsの関係者に思えたのである。 会社の人間であろうと・・・・。
Blood。敏郎は、ただ事態を冷静に俯瞰するだけの彼女に怒りを向けた。
「おい、そこの大人・・あんた関係者だろう?・・・・あんたはこの子たちの、何を見てたんだ!?」
「この人が誰なのか、わからないじゃないですか?あなた!」
Bloodはしかし、彼の言うことに反論する気がなくなるのが分かった。それは、彼女がかなり責任を感じていたからである。
 『将を射んとする者は、まず馬を射よ』という目的で、義之に近づいた。将とは、レイ、それにAlfredのことである。
 彼女は、CDを聞いて、二人の音楽的センスに惚れてしまったのだ。Father landの中は
じっさい、冷戦状態である。中核メンバーであるskeltonとbloodが反目している。
Bloodは、その状態を打開すべく、ふたりを射程にしていたのだ。
 父親とは別のルートで、最上義之が、明光出版をおとづれるという情報を得た。
それはルートという立派な物ではなく、単にbloodの自伝担当の編集者から聞き出したことだった。
 そこで、馬として義之を見立てた。思いのほかに魅力的な男だった。それは性愛ということではなく、知的にということである。
もっとも、bloodは、知的な人間に、性的に近い官能を感じるので、あながち、うそとも言えまい。
 とりあえず、義之を媒介にして、crystalのメンバーに接近しようとしていたのである。
早い話、独立して新たなるバンドを組もうと企んでいたのだ
それがこの状態である。
 そんなときに、この悲劇が起こった。
 もともと、自分が石田典介の娘であり、そのつながりから、問題を解決できないのかと思った。
 それは善意からきていることだった。しかし、いま目の前で起こっていることを目撃していると、なんともいえない居心地の悪さを実感するのだった。
 Bloodが腕を組みなおしたとき、声が聞こえた。それは、小鳥が絞め殺される音に似ていた。
 一一一一一一一一一一一一一。

そのとき、時間が止まった。

 「いやあああ!!義之!!」
「お兄ちゃん!!」
 「嘘でしょう!!」
Bloodはすべてを察した。最上義之は死んだのだ・・・・・・・・・・。
ハイヒールができるだけ音を立てないように、病院を後にした。
それが、彼女に唯一できることだった。


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