『記念の緑 SCENE005』
8畳の部屋を照らしだすのは、ほとんど高級ホテルのロビー並の趣向。
新築の匂いが鼻に付く。桧と生コンクリートの薫りだ。
ここは、最上義之のマンション。
都心の4LDK。月に100万はかかる。とうてい、彼の年齢で入れる物件ではない。レイが無理にと押し込んだのである。
レイと義之の関係は、アイドルとただのマネージャーという間柄ではなかった。
たしかなる友情の絆があったのである。
そのしるしなのか分からないが、礼は、ボロアパートから、義之を無理矢理に引き離した。
そして、押し込んだのが、この高級マンションである。
義之は、風呂に入ったばかりだ。白いローブに身を通して、ネオンサインを眼下に収める。
因みに、このローブもレイの趣味だ。
「この齢になって、誕生日プレゼントもあるまい?」
義之は、困惑したものだが、ある日、レイを迎えにいくと、突然渡された。
元々上流階級の出身であるレイには、そのヘンの感覚が、骨の橢まで染み込んでしまっているらしい。
横目で、レイを見る。
長髪の美少年は、ソファで横になっている。
いまは、午前2時30分。つい、30分前まで、カラオケボックスの住人だった。
ボックスからマンションまで10分。その間に、うるさい蝿どもにたかられなかったのは幸運だった。
蝿どもとは、マスコミのことだ。奴らはじぶんたちでは、何もしないくせに、他人の活動を非難してくらしている。
奴らはいわば、寄生虫だ。
奴らに較べたら、汚職政治家のほうがいくらかましだと、義之は思う。
彼らはすくなくとも、行動しているのだから・・・。
そんなマスコミの薫陶を得るべく、リモコンを取りにいく。
TVを付けると、もはやニュースはやっていない。パソコンの電源を入れる。
情報は、ネットで仕入れる習慣になって久しい。
直木賞作家、円周作、女子中学生との猥褻行為で逮捕。
ナント共和国、フランスから独立宣言。フランス軍、ナント市を攻撃、国連が・・・。
「くだらないニュースばかりだな」
義之は毒突いた。
「ふん、読んでみるか」
義之の手が動く。手には、マウスが握られている。
はたして、メールトレイには、レイの小説が入っている。
『記念の緑』
「あいつ・・・・・・・・!!」
義之には、その名前の由来が即座に理解できた。彼の視線の先には、本棚がある。A4版の本が入る大きな棚。
そこには、緑色の本が入っている。それは、卒業アルバムだった。
この世に二冊しか存在しない特注品である。もう一冊は、レイが持っている。
中学を卒業するとき、義之はだだをこねた。卒業アルバムを作りたくないと主張したのである。
自分が写真に撮られ、アルバムに載ることをも拒否した。
たしかに、レイとの出会いによって、いじめはなくなったが、それで、彼の傷が治ったわけではなかった。
小学生から延々と続いたいじめは、義之から人生そのものを奪っていた。
しかし、レイは主張した。
「だめだ、義之、アルバムを作ろう!みんなと作るのがいやなら、オレたちだけで作ろう、オレたちだけの卒業アルバムをね」
まるで、中学生日記のようなファンタジーが現実に起こったのである。
レイはこの時のことを述懐している。
「オレは、このままじゃだめだと思った。お前に区切りを付けさせたかったんだ。」
教師は、レイを通じて義之を説得しようと試みたが無駄だった。
ふたりは協力してアルバムを完成させた。
パソコンなどなかった当時、その作業は困難を極めた。レイの家は上流階級だとはいえ、お金には厳しい家だった。
レイの両親は、息子の行動に賛成した。
しかし、「お前たちだけの力でやれ、そうじゃなかったら意味がないだろう」
と言った。
実は、レイの父親は、とある大手出版会社の社長であり、その手の人物にルートがあったが利用させなかった。
なかなか、できた父親ではあった。
どうにか、ふたりのこづかいやお年玉を集めて、写真だけはプロ並にすることができた。
ふたりの写真はでかでかと、それぞれ頁一枚を占めている。
その他の頁は絵にする他はなかった。
当時、出現しはじめたカラーコピーに頼る方法を取った。
なんとしても、同じ本に拘ったのである。
校舎の絵は、義之が描いた。もちろん、架空の建てものである。その由来などはレイが考えた。
あとから考えると、小説家の才能を示していたのかもしれない。
教師の欄には、お互いの写真をそれぞれ貼った。
義之のアルバムには、レイの写真。
レイのアルバムには、義之の写真。
お互いのみが信用できた教師だということだ。
学校名はレイが考えた。
周義之義塾中学。
ほとんど考えていないに等しい。
因みに、卒業式は7人で行なった。
ふたりと、ふたりの両親。そして、もうひとり、担任の教師であった。
八ノ背巌は、こう言って参加を志望した。
「二人の言っていることはわかる。私は教師であるが、学校の中で、少なくとも一人は真剣に二人を思っていることを示したい。
二人さえ、よければ参加させてもらいたい。」
とふたりの両親に頼み込んだ。
結果として、巌は、本来の卒業式に参加できずに、教育委員会から戒告という免職の次に重い処分を受けることになってしまった。
義之は卒業の日に、巌から言われたことばをいまでも憶えている。
「あの教師ははっきり言って最低の教師であると思う。学校側の罪であると思う。おれは当時いなかったが、そうだからと言って責任がないわけではない。
教師として、謝罪する。だから、俺たち教師に失望しないでほしい。」
「まさに中学生日記じゃん・・・」
いま、義之は思う。
「そうか、いまは味気ないCDROMになっちゃっているのか」
そんなこと言っている間に、レイの小説が擦り終わった。
「読んでみるかい?記念の緑か?題はいいんだけな」
義之は、コピー用紙の束を片手に、安楽椅子に座り込んだ。
レイはいつのまにか、起きて何処かに行ってしまった。
義之は気付かなかったが、浴室からシャワー音が聞こえて来たのである。
既に、義之は小説の世界へと誘われていた。
『記念の緑 scene006』
小説のあらすじはこうである。
ある中学校に、ひとりの転校生がやってくる。これは何ともありがちな設定である。
レイに、話の概要を聞いたとき、義之は鼻で笑ったものである。
「オレのほうが本を読んでいるんだぜ、そんなありがちな始まりはしねえよな」
しかし、読み進んでいくにつれて、設定の新鮮さに引き込まれていった。
転校生が入る予定のクラス。そのクラスのある生徒が、校長室の前を通り掛かったとき、校長と担任との次のような会話が聞こえてくる。
「なあ、灯沢くん、一週間後にきみのクラスに転校生がやってくる」
「そうですか。また何処からです?」
「京都さ」
それを聞いた生徒が、教室にそれを触れ回る。そのことが、未来のいじめを誘発することなど、そのとき、少年は微塵も思わなかった。
「レイの奴、京都弁どうするつもりだよ」
それは後の文章で明らかになる。
狩野令子の父親は、転勤族だった。一年とて、同じ場所にいたことはない。
北は登別から、南は那覇まで、それこそ列島を縦断したものである。
その上、両親は栃木出身だった。栃木といえども、首都圏のはしくれである。両親は、標準語を話す。
当然のことながら、令子は方言など話さない。
「ふうん・・」
義之は、納得するようなしないような顏をした。
さて、担任の灯沢正次は、それから一週間後、転校生を連れてクラスにやってくる。
このとき、灯沢は、このことを全クラスメイトが知っているなどと、予期できなかった。
永年、教師をやっている身である。生徒たちの反応には、耳を貝にして、傾けてきた。
(おかしいな、こいつら知っているな?でも、どうして?)
灯沢は、いぶかしげに思いながらも、黒板に名前を書いた。
狩野令子それが転校生の名前だった。
次のくだりを読んだとき、義之の表情が変わった。
真剣になったのである。
ホームルームが終わるととたんに、芳賀早苗が令子のもとにやってきた。
「おはよう、狩野さん、私は芳賀早苗」
「ごきげんよう、これからよろしくね」
「うん、仲良くしようね、そうだ。狩野さんに紹介したい”物 ”があるんだ」
「こっちよ」
早苗は、令子の手を握ると、強引にある人物の元へと連れて行く。
すると、全クラスメイトが、彼女の動きに従って立ち上がった。一斉にこちらを向く。
(この人はクラスのリーダなのだわ)
このとき、令子はそう思った。
令子が連れてこられたのは、立川眞菜美の席だった。
早苗は、得意げに言う。
「これは、ねえこのクラスのペットなの・・・・・・・・・」
レイの小説が個性的なのは、これからだった。
実は、ここまでのくだりは、すべてこのクラスのお芝居だった。
つまり、転校生が来ると知った眞菜美が脚本を書きみんなに配ったのである。
眞菜美は、親友の早苗をいじめ役に、そして、じぶんをいじめられ役にすることを提案した。
なんで、こんなことするのかというクラスメイトの疑問に眞菜美はこう答えた。
「どんな子かわからないじゃん。わたしたちのクラスに受け入れていい子か、わたしたちが確かめるのよ。
わたしたちは、良い環境で、教育を受ける権利があるのよ。それを阻害するものは、誰だって排斥されるべきだわ」
親友の早苗はもう反対したが、他の生徒は賛成した。というより、賛成せざるえなかった。
早苗もしぶしぶ賛成する。
これが、物語のスタートである。
コーヒーが3杯目になったとき、義之はやっと読み終わった。
気がつくと、レイは出発する準備ができていた。
「おい、何処の世界にマネージャより先に用意が終わるアイドルはいるよ」
「そうだな、今日は再収録の日だったな」
「ああ・」
「alfredとの連絡は取ったのか」
「謝った」
「そうか・・・オレは出版社に行く用がある。スタジオには嵐山を送る」
「わかった・・・え?」
「出版社だ」
「な!?行ってくれるのか!?」
「ただし、これ一本限りだぞ」
「すまん、すまん!恩にきるよ!!」
両手を合わせて、マネージャーを拝むその恰好は、とうてい、ファンの女の子たちに観せられるものではなかった。
扉を開けると、そこには嵐山蒼山が立っていた。嵐山はcrystalsの付き人である。
小説へ