『笛』

 

T戦車は咆吼し、弾頭を吐き出す。そのたびに、大地は震え、ひとびとは震える。あるひとびとは、武者震いを隠すことができず、あるひとびとは、恐怖のために縮み上がってしまう。



U互いの戦車は、それぞれ、完全に破壊された。そして、互いの飛び道具も、完全に失われた。役に立たない銃器は、うち捨てられ、みな、抜刀して、切り込む。

「エイヤ!」

「うわお」

互いに、思い思いの声を上げて、斬り合う。





 V男は。右手をあげたまま倒れ込んだ。その手には、何かが握られている。客観的に見れば、それは泥にすぎなかった。しかし男の主観からすれば、そうではなかった。

さいごに、男の掴んだものは?

男の風貌は、単なる兵士ということになる。しかし、そのカオは、よくわからない。砂嵐がひどくなってきたのだ。

「おい、そこの兵士!お前は名を何という?さいごに会話をした相手の名前を知っておきたい」

「つ、?んだぞ!ついに・・・・・!!」

「ナニ?ナニを掴んだと?」

しかし、男にはその意味がわからなかった。



W男の記憶のなかで、少女は民族衣装を着ていた。男の故国の衣装だ。

少女は、男の出征をその部屋から見送ったのだ。男が育った部屋。家具、布団、すべて、男の記憶がすりこまれている。ここに生まれて、20歳まで育った。それら、すべての記憶が・・・・。  男の手は、少女をすり抜けて、それらの思い出を掴みとっていた。





 X男がさいごに掴んだものは、笛だった。

笛は硬く、男の手に見事にフィットしていた。?みがいがあるということだ。男はすでに目が見えなくなっていたが、笛の穴や接続部の凹凸など、すべてわかった。  しかし、男にはすでに腕を動かすちからは残っていない。ただ、寒気のために、すこし震えるだけだ。

「おい、きみ、名前はなんていう?」 天頂のほうから声が聞こえる。しかし、それは男の知らない言語だったために、答えることはできなかった。

 男にできたのは、ただ笛を吹くことだけだった。

男は葉っぱを銜えていた。故郷のそれとは違って、黄色い苦みがあったが、さいごなので、いっしょうけんめいに、吹いた。そして、音がした。 「そうか・・・・きみは・・・・ピュー・・というのか・・・かの国のことばは、おもしろい響きがあるな・・・・・」

名前を知った兵士は、もう、ことばを続けられなくなっていた。

実は、故国では国語学者の卵だった。さきほどの台詞の後はこう続けるはずだった。

「もしも、戦争が終わったら、きみの国のことばを研究してみたいものだ」

笛の音はいつまでも鳴ってはいなかった・・・・・・・・。





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