T少女は、水たまりを見つめていた。ただ、それだけだった。まったく罪のない行為。
しかし、彼等にはそれが許せなかったのだろう。
それとも、被差別民族出身のぶんざいで、雨避けの下にいることが許せなかったのかもしれない。
それが、バラックとも言えない粗末な物であったとしても・・・・・・・・・・。
U顔のない兵隊は、緑色の服を着ていた。それが軍隊の制服なのだから、仕方ないが、偉くセンスのないデザインだった。
しかし、頑丈な靴で、足蹴にされた少女には、そんなことを忖度する余裕はなかった。
ボコン。
少女はまるで、物のように無造作に転がった
「あ」
思わず、駆け寄る。少年。彼は兄だった。
---―――しかし、その兄は、別の兵隊によって、蹴り殺されてしまった。少年は確かに死んだのだ。少年は、バラックの脚に、頭をまともにぶつけて、死んでしまった。外から見た限り、頭からの出血は深刻ではなかったが、内出血がひどかったのである。
「お兄ちゃん!」
だから、駆け寄った少女は、兄の生存を確信した。
しかし、少年は妹の泣き声を聞くいとまもなく、生者の群れから消えていった。
V少年や、少女が死んで、何百年も未来のこと。
この地に、軍事基地が建設された。この基地に格納されたのは、人類がかつて経験したことのないおそるべき兵器だった。
それは、ボタン一つで、大陸を横断しひとつの街を灰燼に化す能力があるという。
かつて、この地においてふたりのこどもが死んだ。
兄は、ある兵士の理不尽な暴力によって死に、妹は、彼よりももっと辛い死に方をした。
餓死である。
そんな彼等の血が、そのような凶器を呼んだのかもしれぬ。
Wこの基地の支配者は、とある大佐だった。
彼は、その日視察にきた有力政治家を応対していた。
彼は、基地にあるいちばん高い塔を仰ぎながら言ったものである。
「閣下、いつになったら花火が見られるのでしょう」
「大佐、その花火は真っ赤な血の色ではないか」
「よく意味がわかりませんが、どういう意味ですか」
その政治家は、その場では、大佐の問いに答えなかった。
しかし、その後、書面通知というかたちで答えが返ってきた。
「貴官を罷免する」
要約するとそのような内容だった。
政治家はかの地において、何を見たのだろう。
実を言うと、彼は、一般に言うところの軍拡主張者で、タカ派で有名な政治家だった。しかし、かの地を訪れていらい考えが変わったようなのだ。大佐の罷免も、彼が裏から手を回した結果だった。
X 政治家は、かの地から帰った日のことを忘れられない。
詳しく言うと、その日の晩餐を終えて、家族の団欒をひさしぶりに開いたときのことだ。彼はとても忙しくて、そのような機会にまみえることは少なかったから、妻も子供達もよろこんだ。
政治家の愛すべきこどもだち。
ちなみに兄と妹のふたりである。
政治家は、まだ幼い妹の方が、居間に入ったとき、驚きを隠せなかった。
「パパ、見て似合うでしょう?」
一瞬、それは血だと思った。それは彼女の小さな首に巻き付けられていたのだ。しかし、よく見ると、血ではなく真っ赤なハンカチにすぎなかった。
政治家は、かの地で、たしかな真っ赤な花火を見たのである。その正体はまったく理解できなかったが、何かを感じることだけは可能だった。
「行列」
「被差別用語」
「悲鳴」
「下品な笑い声」
「オナカ空いたよ、お兄ちゃん」
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「どうしたのパパ?似合わない?」
「そんなことないよ、よく似合うよ」
政治家はとても優しい声で言った。彼の同僚や敵対者たちの全く想像できない顔だろう。
「いや、お前が、さいきんごはんを食べないからさ」
「?変なパパ。あたし、ちゃんと食べているよ」
愛娘は母親の下へと駈けていった。
「行列」
「被差別用語」
「悲鳴」
「下品な笑い声」
「オナカ空いたよ、お兄ちゃん」
政治家は、愛すべき家族の談笑を眺めながら、イメージされたことばをひとつひとつ噛みしめて見た。
政治家は、明日、すべきことを胸に決めていた。
彼が、人脈を持つ高級軍人に連絡を取ることだ。
「あんな男を基地の司令官にはしておけない」
政治家は即断実行のひとだった。