『演技』

T古びた屋敷の古びた某台所で、老婆と娘が、炉を囲んでいた。老婆はこの家の下女で、娘は、老婆の親類だった。まだ、7歳にも満たない少女は、足を空中にてバタつかせながら、歌を歌っていた。  老婆はほとんど見えなくなった目で、煮えたぎっている赤い汁を確認している。

U 赤い液体は、やがて、粘性を増して踊るように、壺から飛び出ようとする。老婆はそれにかまわずに、かき混ぜる行為を止めようとしない。  やがて、少女は兔の人形を持つと、老婆の手を握った。

「早くイコ」
「はいはい」
老婆は、やがて、かき混ぜる棒を壺の中に放り込むと、少女と部屋を後にした。



 Vドアの外には、巨大な銀河がそびえ立っていた。すくなくとも、少女の視界には・・・・。
老婆は、すでに目はほとんど、光を受け止めることができない。
しゅーんしゅーん、銀河は、そんな音をたてて、少女に迫ってきた。
しかし・・・・。

W少女たちが入った部屋にあるのは、黄金色の仏像だった。軽々しくてかるその姿は、何の重みも感じることは出来なかった。
老婆は、仏像の元に少女を誘い、伴に祈るように言った。
「わしの目は見えないけれど、お前の目で代わりに見ておくれ」
「ばーちゃん、あたし、目がふたつあるから片方、貸してあげる」
「ふふふ、お前は優しい声だねえ」
老婆は含み笑いをした。
その目には、仏像の黄金よりも、もっと美しい楽土が映っているのかもしれない

 X「もっとゆっくり、もっとゆっくりと」
老婆の声が響く。
少女は老婆の膝の上で寝ていた。満天の星空に、守られながら、老婆は子守歌を歌っていた。  音楽は少女の友だった。正確に言えば、元少女。老婆とはいえ、少女であった時間を消し去ることは出来ない。
老婆はかつては、名のある貴族出身で、このように人生を終えるはずの身分ではなかった。
 しかし、流浪の果てに、ここまできた。しかし、命を全うできたのは、ひとえにこの芸が会った故であろう。
 音楽・・・・・・・歌である。
気まぐれに、父親が呼んだ歌人から、歌を学んだのだ。
少女の声は天性のものだった。父親も喜び、少女に歌を学ぶことを許した。
老婆は、もはや、その歌を教えてくれた青年の名前を憶えていない。
 そう、自作の歌に綴っている。
しかし・・・・・・・・・・・



Y 校門で、待っていたあの人を忘れられない。
帰りの馬車で、歌を歌った。青年は、その日、彼女を待っていた。
「別れ」
だと青年は言った。もう会えないと・・・・。
「どうして?」
「・・・・・」
青年は眉間に皺を作って、苦悩の表情を作っていた。しかし、老婆は、それを芝居であると見抜いた。
(何かいいことがあったにちがいない)
少女も芝居をすることにした。
「ひどい、ひどいワ・・・」
少女は嘘の涙をいつまでも流していた。
しかし、馬車から降りるときには、奇麗さっぱりあったことを忘れていた。
すくなくとも、そのフリをして両親に迎えられた。





 Zいま、老婆にカオは凍り付いて、どんな表情も浮かべることを難しい。少女に伝えたいことは、ことばでは表せない。
いま、ほとんど骨になった膝から、少女に伝えたいことを伝える。
「何をしても、人間は演技しかできないの・・・・自覚しようが、しまいが・・・だから・・・」
そのとき、ゴオーンという鐘の音が聞こえた。
それは母屋のほうから聞こえてきた。それは、病気だった主人が亡くなったことを意味していた。
主人は、老婆よりも10歳も年上だった。
(亡くなった・・・あの人はついに亡くなったのだわ)
老婆の目からは涙が一筋・・・・・・・・・・・・・・・。
干上がったと思っていた河に、ふたたび河が流れた。
涙は、少女の頬に垂れた。
「ばーちゃん、温かいな」
その瞬間、目を覚ましてしまったが、すくにまた寝息を立て始めた。
少女は、温かいほほえみにいつまでの包まれていた。


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